文献調査
古文書文献調査団では、平成15年度までの調査の成果と方針を引き継いで、石見銀山・石見銀について、また、周辺地域・隣接する諸鉱山との技術的、経済的、社会的関係について調査を行いました。
16年度は、特に島根県内の調査を重点的に行うとともに、これまでの古文書調査の成果の一つとして、山中家文書に収録されている石見銀山附地役人62人分の由緒書について翻刻し、資料集を作成しました。
また、海外調査についても中国関係史料・文献を中心にこれまで収集した史料の翻訳、分析などを継続しています。
さらに、「石見銀山歴史資料検索システム」(データベース)についても、データの入力・蓄積を引き続き行っています。
周辺地域の調査風景(江津市桜江町大貫の中村家にて)
中原家の文書調査
県内の調査では、これまで銀山の経営や支配に関わる古文書の他に、銀山周辺に残る地方文書の調査を進めてきました。今年度は昨年度の予備調査を踏まえ、邑智郡美郷町中原義治氏宅の所蔵文書について実施しました。
中原家は代々旧邑智郡潮村の村役人を勤めた旧家であり、農業の他に製鉄業、酒造、水運業など、多角的な経営を行っていました。そのため同家の文書には、旧潮村の村政に関わる文書の他に、鈩大勘定帳や船賃帳など、中原家が経営した鈩製鉄や水運業等に関係する文書も多く含まれています。これらは、江戸時代における江川地域の諸産業のあり様をうかがうことのできる貴重な文書といえます。
中原家は代々旧邑智郡潮村の村役人を勤めた旧家であり、農業の他に製鉄業、酒造、水運業など、多角的な経営を行っていました。そのため同家の文書には、旧潮村の村政に関わる文書の他に、鈩大勘定帳や船賃帳など、中原家が経営した鈩製鉄や水運業等に関係する文書も多く含まれています。これらは、江戸時代における江川地域の諸産業のあり様をうかがうことのできる貴重な文書といえます。
潮村字ニタ郷に、鈩場の設置を出願した際の願書の写し。この場所には現在中国電力の発電所が建設されているため往時の姿は失われています。絵図によると、中央に高殿が配置されているほか、できたケラを水冷するための鉄池、従業員の長屋などがあったことがわかります。
|
|
---|---|
明治7年(1874)借区開業製鉱願 |
江戸時代には銀山周辺の32か村を「御囲村」(おかこいむら)に指定し、坑道内で使用される木材(切張)や銀製錬用の木炭など、銀生産に必要な諸資材の供給を村方に命じました。御囲村に指定された村々では、この史料にみえるように、おおよそ村高100石につき切張9駄ほどの割合で代官所に供出することになっていました。
|
|
---|---|
安政2年(1855)「石見国・石州銀山村々廻状順録」 |
この史料は、邑智郡潮村(現同郡美郷町潮)にあるニ郷山と今山の御林(幕府所有林)を、当時は川本村十郎兵衛と浜原村幾六が請け負っていたことを代官所に報告したものです。この両者ともに、当時の有力な鈩師でした。 銀山領内の有力な鈩師は、年限を限って御林を借り請け、そこで製鉄用の木炭を生産しました。その際、所定の運上は、銀納分の他、一部を木炭の現物で納めることになっていました。上納された木炭は、銀山での銀製錬に用いられました。 |
||
---|---|---|
宝暦13年(1763)「請負鈩師一札」 | 天保15年(1844)「鉄請取通」 |
また、銀山関係では、御立山(幕府所有林)から銀山へ公納された銀吹炭の駄数や、御囲村への切張(杭木)の割賦方法、さらには銀輸送の際の助郷といった、銀山と村方との関係を具体的に示す文書もあり、これまでの文書情報にはない具体的な知見を得ることができました。
今後は、特に鈩製鉄と銀山との関係について、先に収集した経営帳簿等の分析によって明らかにするとともに、残された文書についても継続して調査を行う予定です。
今後は、特に鈩製鉄と銀山との関係について、先に収集した経営帳簿等の分析によって明らかにするとともに、残された文書についても継続して調査を行う予定です。
古文書文献調査団の検討会議風景(島根県立博物館にて)
お問い合わせ先
文化財課世界遺産室
〒690-8502 松江市殿町1番地 島根県教育庁文化財課 世界遺産室 電話0852-22-5642,6127 FAX 0852-22-5794 sekaiisan@pref.shimane.lg.jp