感染症 年報
1)ウイルス検査情報
感染症発生動向調査事業にともなう感染症流行とその病原体の確認調査を行うため、2007(H19)年1月〜12月の間に県内の病原体検査定点が採取した12疾患群983検体の患者材料について検査を実施した。これらの患者材料は県下の小児を中心とした感染症の原因となるウイルスの流行状況を反映しているものであり、咽頭炎をはじめ、インフルエンザ、感染性胃腸炎、手足口病、咽頭結膜熱、ヘルパンギーナ、無菌性髄膜炎等の疾患についてウイルス分離を行った。
(1)疾患別ウイルス分離状況(表17)
分離されたウイルスは表17に示すように15種類610株が分離または検出され、これを血清型で分類すると34種類となった。
以下に代表的な疾患群のウイルス分離状況について述べる。
咽頭炎
37検体から他種類のウイルス6株が分離された。
分離したウイルスは、アデノウイルス6型が1株、コクサッキーA3型が1株、コクサッキーBの4型が1株、エコーウイルスが1株、ポリオウイルス2型が1株、インフルエンザA香港型(AH3)が1株であった。
扁桃炎
8検体から3種類5株が分離された。
分離したウイルスは、アデノウイルスの3型、5型、6型が各々1株、コクサッキーA3型が1株、コクサッキーBの4型が1株であった。
インフルエンザ(疑いを含む)
258検体から5種177株のウイルスが分離された。
分離したウイルスの内、インフルエンザウイルスが170株で、内訳は流行の主体となったA香港型(AH3)が91株、ほぼ同時期に流行したB型が31株、流行中期と後半に分離されたAソ連型(AH1)が48株であった。
その他にアデノウイルスの1型、5型が各々1株、コクサッキーA3型が1株、コクサッキーB4型が2株と5型が1株、単純ヘルペスが1株分離された。
咽頭結膜熱
35検体から3種類のウイルス15株が分離された。
分離したウイルスは、本疾患の起因ウイルスであるアデノウイルスは6種類の血清型に分類され、1月から7月の間に流行した5型が5株と最も多く、その他に3型が3株、1型、2型、4型、6型が各々1株であった。
また、全アデノウイルス分離数28株中12株が咽頭結膜熱に由来していた。
手足口病
50検体から39株が分離された。
今年は春先から晩春までの間に本疾患による小規模な流行が長期間続き、その間にコクサッキーA6型が7株、A16型が26株、エンテロウイルス71型が5株分離された。
ヘルパンギーナ
48検体から36株のウイルスが分離され、そのほとんどが4月から10月の間に起こった比較的大きな規模の流行によるものであった。
主に分離されたウイルスはコクサッキーA群3型が7株、5型が2株、6型が16株、16型が4株、コクサッキーB群5型が5株であった。
無菌性髄膜炎
187検体から139株のウイルスが分離され、全てが7月から12月の間に出雲圏域で流行した本疾患由来であった。
分離されたウイルスは、エコーウイルス30型が133株、この他に流行期後半にコクサッキーB群5型が6株分離されている。
感染性胃腸炎
248検体の内172検体から検出または分離され、検査した疾患の中で最も多種類のウイルスが検出または分離された。
主に検出または分離されたウイルスは、アデノウイルスの6検体、A群ロタウイルスの58検体、ノロウイルスGUの65検体、エンテリックアデノウイルスの6検体、サポウイルスの6検体、アストロウイルスの5検体であり、この他にも各種のウイルスが検出または分離された。
(2)月別ウイルス分離状況(表18)
年間を通してみると、アデノウイルス、コクサッキーB群ウイルスがほぼ年間を通して分離された。また、感染性胃腸炎の起因ウイルスであるノロウイルスは、例年冬季に検出されるが本年はほぼ年間を通して検出された。
ヘルパンギーナの主な起因ウイルスとなったコクサッキーA群ウイルス、無菌性髄膜炎の起因ウイルスとなったエコーウイルスは夏季から冬季の間に分離され、インフルエンザウイルスは冬季に分離された。
以下に代表的なウイルスについて月別の分離状況を見てみた。
アデノウイルス
夏季に流行する咽頭結膜熱から主に分離された。
1型、2型、3型、5型、6型と多種類の型が分離され、これらの血清型はほぼ年間を通して分離された。この他に4型が分離されているが、分離株数が少数であるため季節性は分からなかった。
コクサッキーA群ウイルス
夏季に流行したヘルパンギーナと春季から晩秋の間に流行した手足口病から主に分離された。
3型は6〜7月、4型と型は7月、6型は5〜8月、10型は8月に主にヘルパンギーナから分離され、16型は7月〜12月の間に手足口病とそれ以外の夏季〜冬季に流行した発疹症等から分離された。
コクサッキーB群ウイルス
ヘルパンギーナと無菌性髄膜炎から主に分離された。
今年の夏に比較的大きな規模のヘルパンギーナによる流行があり、この疾患の起因ウイルスであった4型は7月〜9月の間に多く分離されたが、この期間中以外に熱性疾患等からも分離され、ほぼ年間を通して分離された。
5型は出雲圏域で発生した無菌性髄膜炎の流行中期から後期の9月〜12月の間に分離された。
エコーウイルス
30型は出雲圏域で発生した無菌性髄膜炎から分離され、流行期が7月〜12月の間であったことからこの期間中に多数分離された。
インフルエンザウイルス
流行の主流はA香港型(AH3)で1月上旬〜5月上旬までの間に、B型もほぼ同時期の1月中旬から5月上旬の間に、Aソ連型(AH1)は流行が始まって約1か月後の2月中旬〜5月上旬に間に初めて分離され、それ以降、これら3種類の型は流行が終息する5月上旬まで分離された。
下痢症関連ウイルス
ノロウイルスは冬季の感染性胃腸炎の主な原因ウイルスとされているが、本年はほぼ一年中流行したため年間を通して検出された。
A群ロタウイルスは1月〜6月の間に検出されたが、多く検出されたのは2月〜5月の期間であった。
また、この他にサポウイルス、C群ロタウイルス、アストロウイルス、エンテリックアデノウイルスが検出されているが、検出数が少数なため季節性は分からなかった。
麻しんウイルス
本年は全国で春季から夏季にかけて大きな規模の流行が起こり、本県でもほぼ同時期に流行したため4月〜6月の間に分離された。
(3)検査材料別ウイルス分離状況(表19)
適切な検査材料と採取時期が感染症の病原体診断のために重要な要素である。現在、定点医療機関において呼吸器系感染症は咽頭拭い液を主体に糞便を補助的に加え、胃腸炎症状は糞便、髄膜炎症状では脊髄液、咽頭拭い液、糞便、そして水疱を伴う発疹症は水疱液、咽頭拭い液、糞便、眼疾患では結膜拭い液、咽頭拭い液等の検査材料を採取してもらいウイルス分離および検出を行っている。
以下に材料別のウイルス分離頻度を示す。
咽頭拭い液
322検体中159検体からウイルスが分離された。主に分離されたのはインフルエンザウイルスの38株で、その内訳はA香港型(AH3)が26株、Aソ連型(AH1)が5株、B型が7株であった。この他に咽頭結膜熱の起因ウイルスとなったアデノウイルスの18株、主にヘルパンギーナ、手足口病の起因ウイルスとなったコクサッキーA群ウイルスが71株、多疾患の起因ウイルスとなったコクサッキーB群ウイルスが16株分離された。
鼻腔拭い液
182検体中136検体からウイルスが分離され、そのウイルスのほとんどがインフルエンザウイルスで、内訳はA香港型(AH3)が66株、Aソ連型(AH1)が43株、B型が24株であった。
また、鼻腔拭い液からのインフルエンザウイルスの分離率が高率であったのは、医療機関において実施されるインフルエンザ迅速キットで陽性になった患者からウイルス分離用の検体が採られたことによると考えられた。
便
285検体中191検体からウイルスが分離および検出された。主に検出されたのは感染性胃腸炎患者からのノロウイルスGUの65例、A群ロタウイルスの58例、エンテリックアデノウイルスとサポウイルスの各々6例、アストロウイルスの5例であった。
脊髄液
無菌性髄膜炎が出雲圏域で流行したことから例年と比較し検体数が多く173検体が主に基幹定点から搬入された。分離されたウイルスはエコーウイルス30型の116株とコクサッキーB群ウイルス5型の5株であった。
(4)地域別ウイルス分離状況(表20)
分離されたウイルス毎の分離時期と侵入地、地域間の波及の方向をみるため,流行した代表的なウイルスについて表20に示した。
コクサッキーA群ウイルス
今年流行したヘルパンギーナの主な原因ウイルスであった6型は、東部で4月下旬〜8月上旬の間に、中部は5月中旬〜7月上旬の間に、西部は6月上旬〜7月中旬間に分離され、流行の始まりは東部が最初で、次に中部、西部と続き、終息は東部が中・西部より約1か月長かった。
また、手足口病の起因ウイルスとなった16型は、8月上旬〜11月下旬の間に県内全域で分離されたことから、本疾患は県内全域で一斉に流行が始まり、ほぼ同時期に終息したと推察された。
エンテロウイルス71型
手足口病から分離された。今年、本疾患は夏季〜秋季にかけて全県で小流行し、その前段である7月の中旬、下旬に本ウイルスが中部のみで分離され、その以降はコクサッキーA群ウイルス16型に取って代わった。
コクサッキーB群ウイルス
4型は咽頭炎、扁桃炎、咽頭結膜熱、ヘルパンギーナ、感染性胃腸炎、熱性疾患等の多数の疾患から分離された。月別では東部が1月下旬から5月中旬の間に、中部が1月下旬〜2月下旬の間に、西部が7月下旬〜9月中旬の間に分離され、それぞれの地域で流行期が異なっていた。
5型はほとんどが中部で流行した無菌性髄膜炎患者から分離された。本疾患は7月下旬からエコーウイルス30型による流行が先行し、本ウイルスは流行期間中の10月上旬から終息した12月下旬の間に分離された。
エコーウイルス
30型は中部で流行した無菌性髄膜炎から分離された。7月下旬〜12月下旬の間に多数分離され、本疾患が限局した地域で長期間流行したと推察された。
ノロウイルス
ノロウイルスは例年冬季に流行する感染性胃腸炎の起因ウイルスであるが、本年はノロウイルスGUがほぼ年間を通して全県で検出された。
ロタウイルス
本ウイルスは冬季の感染性胃腸炎の起因ウイルスである。
東部では2月上旬〜6月中旬の間に、中部は2月上旬〜6月中旬の間に、西部は1月中旬〜4月下旬の間に分離されたことから、本ウイルスによる流行は県内全域で2月上旬から始まり、6月下旬まで続いたが、西部は1か月以上前の4月下旬にほぼ終息していたと推測された。
インフルエンザウイルス
A香港型ウイルス(AH3)が流行の主流で、インフルエンザが流行した1月上旬〜5月上旬の間に分離された。地域別で見ると、東部は1月下旬〜4月上旬の間に、中部は2月上旬〜3月下旬間に、西部は1月上旬〜5月上旬間に分離されている。
B型ウイルスは東部が3月下旬と5月上旬に散発的に少数分離され、中部は2月中旬〜3月下旬の間に、西部は1月中旬〜3月下旬の間に分離された。
Aソ連型ウイルス(AH1)は東部が3月上旬〜3月下旬の間に、中部は分離されなく、西部は1月下旬〜5月下旬の間に分離された。
以上のことをまとめると、県内のインフルエンザの流行は、例年より1〜2か月遅く始まり、A香港型、B型、Aソ連型とも西部で先行して始まり、東・中部に拡大し、3月に流行のピークを迎えた後、5月上旬に終息した。流行の主流はA香港型であったが、西部では同時期にB型ウイルスも分離され、さらに、Aソ連型は東・中部では小規模な流行であったが、西部では流行のピーク前から混合して流行していた。このように昨シーズンとは流行のパターンは違うものの、今シーズンも3種類のウイルスによる混合流行であった。
(5)過去25年間のウイルス分離状況(表21)
感染症サーベイランスが開始されて以来、当所で分離及び検出された主なウイルスを表21に示す。
アデノウイルス
1型、2型、3型、5型は増減があるものの毎年分離され、6型はほぼ継続的に少数分離されている。7型は1982(S57)年以前を含め1993(H5)年まで県内での分離例はなく、1994(H6)年〜2004年(H16)までほぼ毎年分離されたが、ここ3年間は全く分離されなくなった。4型は1994(H6)年〜2004(H16)年の11年間には全く分離されていないが、2005(H17)年から分離され始ている型である。
コクサッキーA群ウイルス
25年間、高率に分離される4型、6型、10型、16型と低率に分離される2型、5型及び稀に分離される3型、8型、9型、12型、14型、21型に分類される。
今年は稀に分離される3型が17年ぶりに分離され、14型は調査した25年間では1991(H3)年と2003(H15)年のみに分離された型で、21型は2004(H16)年のみ分離された希少な型である。
コクサッキーB群ウイルス
2型〜5型がほぼ同数分離されており、それぞれのウイルスの型は1〜2年の多発期と2〜3年の非流行期が認められている。
エコーウイルス
他のエンテロウイルスに比べ流行周期が長く、多種の疾患から分離され、また、分離される型も他種類であるのが特徴で、25年間で15種類の型が分離された。30型は2002年から継続して分離されているが、それ以外の型は長い周期で分離されている。
エンテロ71型ウイルス
本ウイルスは手足口病の起因ウイルスとして3〜4年周期で流行し、また、本ウイルス以外の手足口病の主要ウイルスとなるコクサッキーA16型ウイルスと流行時期が相前後した時期に流行する。本年はコクサッキーA16型ウイルスによる手足口病が流行したことから分離株数は少数であった。
ポリオウイルス
年間3〜30株が分離されているが、いずれも感染性胃腸炎、咽頭炎、発しん症等の糞便、咽頭拭い液材料から生ワクチン投与後の一定期間に限られて分離されている。
下痢症起因ウイルス
最近の下痢症起因ウイルスの分離及び検出状況は、ノロウイルスGU、A群ロタウイルスで大多数を占め、その他に少数分離及び検出されているエンテリックアデノウイルス、C群ロタウイルス、ノロウイルスGT、サポウイルス、アストロウイルスがある。
ノロウイルスGUはPCR法による型別検査を実施することになった2004年以降高率に毎年検出され、また、A群ロタウイルスは検査を始めた1984年から毎年高率に検出されている。エンテリックアデノウイルス、C群ロタウイルス、ノロウイルスGT、サポウイルス、アストロウイルスは近年ほぼ10例前後検出されるが、これらウイルスは学校等の集団生活の場で感染症を引き起こすことがあり監視、調査が必要である。
インフルエンザウイルス
Aソ連型は2年〜3年間継続して流行し、その後の2年〜3年間は非流行期となるパターンを繰り返している。A香港型は1990(H2)年からほぼ毎年分離されており、近年はこの型が流行の主流となっている。B型はほぼ毎年分離されているが、この型による大きな規模の流行は数年間隔となっている。
(6)主な疾患から検出されたウイルス分離状況(表22)
表22に1982(S57)年〜2007(H19)年までに代表的な疾患から分離または検出されたウイルスを示す。これらにはそれぞれの疾患の主要な原因ウイルスと、必ずしも原因ウイルスではなく、その時々に流行しているウイルスが付随的に分離されたものも含まれている。