感染症 年報
感染症発生動向調査事業にともなう感染症流行とその病原体の確認調査を行うため、2006年1月〜12月の間に県内の病原体検査定点が採取した14疾患群923検体の患者材料について検査を実施した。これらの患者材料は県下の小児を中心とした感染症の原因となるウイルスの流行状況を反映しているものであり、咽頭炎をはじめ、インフルエンザ、感染性胃腸炎、手足口病、咽頭結膜熱、ヘルパンギーナ、無菌性髄膜炎等の疾患についてウイルス分離を行った。
(1)疾患別ウイルス分離状況(表17)
分離されたウイルスは表17に示すように17種類440株が分離または検出され、これを血清型で分類すると37種類となった。
以下に代表的な疾患群のウイルス分離状況について述べる。
咽頭炎
33検体から5株が分離され、全てアデノウイルスであった。血清型は3種類に分類され、2型が1株、3型が3株、5型が1株であった。
扁桃炎
8検体から3種類4株が分離され、アデノウイルスの2型、3型が各々1株、コクサッキーウイルスA5型が1株、パレコウイルスが1株であった。
インフルエンザ(疑いを含む)
230検体から7種124株のウイルスが分離された。この内インフルエンザウイルスは、流行の主体となったA香港型(AH3)が96株、流行期後半に断続的に分離されたAソ連型(AH1)が6株、シーズン後半にB型が12株分離された。その他ではアデノウイルスの3型、4型が各々1株、コクサッキーウイルスA5型が1株、コクサッキーウイルスBの2型、5型が各々1株、エコーウイルス9型、18型が各々1株、単純ヘルペスが1株が分離された。
咽頭結膜熱
73検体から4種類のウイルス39株が分離された。本疾患の起因ウイルスであるアデノウイルスは4種類の血清型に分類され、ほぼ年間を通して分離された3型が25株と最も多く、1型、2型が各々3株、5型が2株であった。また、全アデノウイルス分離数56株中33株が咽頭結膜熱に由来していた。
手足口病
29検体から11株が分離された。今年は7月から10月の間に小流行が起こり、コクサッキーウイルスA16型とエンテロウイルス71型が主に分離された。
ヘルパンギーナ
61検体から46株のウイルスが分離された。今年は4月から10月の間に比較的大きな流行が起こり、主にコクサッキーウイルスA4型、5型、10型が分離された。この他にコクサッキーウイルスB5型とエコーウイルス18型、30型が分離された。
無菌性髄膜炎
60検体から21株が分離された。本年は県中部の限局した地域でエコーウイルス30型による本疾患が小流行したためこの血清型が14株と多く、この他にエコーウイルス9型、18型、25型とエンテロウイルス71型が分離された。
感染性胃腸炎
234検体の内133検体から検出または分離された。A群ロタウイルスは1月〜4月の間に39検体から、ノロウイルスGUは夏季を除く季節に54検体から検出され、エンテリックアデノウイルスは主に7月〜11月の間に7検体から検出または分離され、多く検出または分離されたウイルスには季節性が認められた。また、この他にも各種のウイルスが分離され、検査した疾患の中で最も多種類のウイルスが検出または分離された。
(2)月別ウイルス分離状況(表18)
年間を通してみると、インフルエンザウイルス、感染性胃腸炎の起因ウイルスとなったノロウイルス、A群ロタウイルスは冬期に多く検出された。また、ヘルパンギーナの主な起因ウイルスとなったコクサッキーウイルスA群は夏季の6〜8月に多く分離されている。
以下に代表的なウイルスについて月別にあげる。
アデノウイルス
主に1型、2型、3型が分離され、これらの血清型はほぼ年間を通して分離された。この他に4型,5型が分離されているが、分離株数が少数なため季節性は分からなかった。
コクサッキーウイルスA群
A4型は5〜8月に、A9型は4月〜9月の春から夏の季節に分離されたが、この他に5型,10型、16型が分離されているが分離株数が少ないため季節性は分からなかった。
コクサッキーウイルスB群
本年は昨年同様、本ウイルスによる目立った流行がなかった。
エコーウイルス
5月〜9月の温暖な時期にエコーウイルス9型、16型、18型、30型の流行が起こり、無菌性髄膜炎や発疹症の他、さまざまな疾患から分離された。
インフルエンザウイルス
流行の主流であったA香港型(AH3)が11月〜3月までの間に多数分離され、また、Aソ連型(AH1)は1月上旬〜3月中旬にかけて断続的に分離された。これらの型の流行が終息したのと入れ替わるようにB型が3月中旬からシーズンが終わる6月中旬まで分離された。
下痢症関連ウイルス
ノロウイルスは冬季の感染性胃腸炎の主な原因ウイルスとされている。本年は5月〜8月を除く全ての月から検出されているが、多く検出されたのはやはり冬季の10月〜12月の間であった。また、この間は、全国で本ウイルスによる集団食中毒・感染症が多発し、厚生労働省は国民に対して感染予防の注意を呼びかけた期間でもあった。
A群ロタウイルスは1月〜4月の間に検出されたが、多く検出されたのは昨年のノロウイルスの流行がほぼ終息した1月〜2月の期間であった。
また、この他にサポウイルス、C群ロタウイルス、アストロウイルス、エンテリックアデノウイルスが検出されているが、検出数が少数なため季節性は分からなかった。
(3)検査材料別ウイルス分離状況(表19)
適切な検査材料と採取時期が感染症の病原体診断のために重要な要素である。現在、定点医療機関において呼吸器系感染症は咽頭拭い液を主体に糞便を補助的に加え、胃腸炎症状は糞便、髄膜炎症状では脊髄液、咽頭拭い液、糞便、そして水疱を伴う発疹症は水疱液、咽頭拭い液、糞便、眼疾患では結膜拭い液、咽頭拭い液等の検査材料を採取してもらいウイルス分離および検出を行っている。
以下に材料別のウイルス分離頻度を示す。
咽頭拭い液
453検体中194検体からウイルスが分離された。主に分離されたのはインフルエンザウイルスの39株で、その内訳はA香港型(AH3)が32株、Aソ連型(AH1)が4株、B型が3株であった。この他にヘルパンギーナの起因ウイルスとなったコクサッキーウイルスA4型が30株、発疹症の起因ウイルスとなったコクサッキーウイルスA9型が17株、咽頭結膜熱の起因ウイルスとなったアデノウイルス3型が33株分離された。
鼻腔拭い液
117検体中75検体からウイルスが分離され、そのウイルスのほとんどがインフルエンザウイルスで、内訳はA香港型(AH3)が64株、Aソ連型(AH1)が3株、B型が6株であった。
また、鼻腔拭い液からのインフルエンザウイルスの分離率が高率であったのは、医療機関において実施されるインフルエンザ迅速キットで陽性になった患者からウイルス分離用の検体が採られたことによると考えられた。
便
250検体中145検体からウイルスが分離および検出された。主に検出されたのは感染性胃腸炎患者からのノロウイルスGUの53例、A群ロタウイルスの39例、エンテリックアデノウイルスとアストロウイルスの各々8例であった。
脊髄液
52検体中15検体からウイルスが分離された。この検体は無菌性髄膜炎患者由来が多く、主に分離されたのはエコーウイルス30型の12株であった。
眼脂結膜拭い液
18検体中4検体からウイルスが分離され、分離率は低率であった。主に急性出血性結膜炎や流行性角結膜炎を疑った患者から採取した検体で、分離されたウイルスはアデノウイルス5型1株、エコーウイルス9型1株、インフルエンザウイルスA香港型(AH3)が2株であった。
(4)地域別ウイルス分離状況(表20)
分離されたウイルス毎の分離時期と侵入地、地域間の波及の方向をみるため,流行した代表的なウイルスについて表20に示した。
アデノウイルス
咽頭炎、扁桃炎、咽頭結膜熱、感染性胃腸炎、熱性疾患等から分離された2型ウイルスは東部では4月上旬〜11月上旬の間に断続的に分離され、中・西部では10月に分離された。
咽頭結膜熱の主な原因となった3型ウイルスは、東部では5月中旬〜11月上旬まで、中部では5月中旬〜9月中旬まで、西部では1月中旬〜9月下旬まで分離されたが、各地域とも咽頭結膜熱が流行した夏季の6月〜9月の間に最も多く分離された。
コクサッキーウイルスA群
今年流行したヘルパンギーナの原因ウイルスであった4型は、主に5月上旬〜8月上旬にかけて県内全域で分離された。
また、発疹症の起因ウイルスとなった9型は、4月下旬〜9月下旬の温暖な季節に中部地区で小流行が起こり多数分離されたが、それ以外は7月下旬に東部地区で1検体から分離されたのみである。
エコーウイルス
30型は、東部では7月中旬〜11月上旬の間に、西部では7月上旬〜8月下旬の間に主に無菌性髄膜炎から分離された。9型は県内全域で4月中旬〜10月中旬の間に多くの疾患から断続的に分離され、16型は県内全域で夏季の6月上旬〜8月中旬の間に主に発疹症から分離された。
ノロウイルス
ノロウイルスは例年冬季に流行する感染性胃腸炎の原因ウイルスである。
年初めは、昨年末に流行した本ウイルスによる感染性胃腸炎の流行がほぼ終息しており、従って、東・中部ではほとんど検出されなかったが、流行が継続していた西部では4月上旬まで検出が続いた。
また、感染性胃腸炎が10月上旬〜12月下旬の期間に県下全域で大規模に流行し、GU型が多数検出された。地域別では中部が10月上旬から、東部が10月下旬から、西部が11月上旬から検出され始め、いずれの地域も12月下旬まで検出された。
ロタウイルス
本ウイルスは感染性胃腸炎の起因ウイルスである。
年初めはノロウイルスの流行がほぼ終息しており、そのためA群ロタウイルスが東・中部は1月中旬、西部は2月上旬と例年と比較して早い時期から検出され、その後、東・西部は4月上旬まで、中部は4月中旬までの長期間検出が続いた。
また、年末はノロウイルスによる大規模な流行が起ったが、この期間にはどの地域からも本ウイルスは検出されなかった。
インフルエンザウイルス
昨年末から流行したA香港型ウイルスは1月上旬に東・西部で分離され始め、その後、1月中旬には中部・隠岐からも分離されて県内全域で大規模な流行となり、3月中旬までの約3か月間この型による流行が続いた。
表には示していないが、Aソ連型ウイルスは、A香港型ウイルスが分離された期間中に断続的に分離されたが、分離数が少数であったことから小規模流行であったと推察された。
B型ウイルスは、東部は5月中旬から初夏の6月下旬まで、中部は5月下旬に、西部は5月下旬から6月中旬までの間に分離され、流行は例年と比較し遅い初夏までの流行となった。
(5)過去25年間のウイルス分離状況(表21)
感染症サーベイランスが開始されて以来、当所で分離及び検出された主なウイルスを表21に示す。
アデノウイルス
1型、2型、3型、5型は増減があるものの毎年分離され、6型は2006(H18)年には分離されていないが、過去にはほぼ継続的に少数分離されている。7型は1982(S57)年以前を含め1993(H5)年まで県内での分離例はなく、1994(H6)年から分離されるようになり以後ほぼ毎年分離されている。4型は1994(H6)年〜2004(H16)年の11年間、分離されていない型であったが、2005(H17)年から分離され始めた。
コクサッキーウイルスA群
25年間、高率に分離される4型、16型と低率に分離される2型、5型、6型、10型及び稀に分離される3型、8型、9型、12型、14型、21型に分類される。
稀に分離される3型は1990(H2)年に分離されたのを最後に今年まで分離されていない型で、14型は調査した25年間では1991(H3)年と2003(H15)年のみに分離された型である。また、21型は2004(H16)年のみに分離された希少な型である。
コクサッキーウイルスB群
2型から5型がほぼ同数分離されており、それぞれのウイルスの型は1〜2年の多発期と2〜3年の非流行期が認められている。
エコーウイルス
他のエンテロウイルスに比べ流行周期が長いのが特徴である。本年は無菌性髄膜炎から30型が分離されたが、それ以外の型による大きな流行がなかったため分離株数は少数であった。
エンテロウイルス71型
本ウイルスは手足口病の起因ウイルスとして3〜4年周期で流行し、また、本ウイルス以外の手足口病の主要ウイルスとなるコクサッキーウイルスA16型と流行時期が相前後した時期に流行する。本年は手足口病の流行が小規模であったため分離株数は少数であった。
ポリオウイルス
年間3〜30株が分離されているが、いずれも感染性胃腸炎、咽頭炎、発しん症等の糞便、咽頭拭い液材料から生ワクチン投与後の一定期間に限られて分離されている。
下痢症起因ウイルス
最近の下痢症起因ウイルスの分離及び検出状況は、ノロウイルスGU、A群ロタウイルスで大多数を占め、その他に少数分離及び検出されているエンテリックアデノウイルス、C群ロタウイルス、ノロウイルスGT、サポウイルス、アストロウイルスがある。
ノロウイルスはPCR法のプライマーの選択・改良により、2004年から検出数が増加し、A群ロタウイルスは高率に検出されているウイルスではあるが近年減少傾向にある。エンテリックアデノウイルス、C群ロタウイルス、ノロウイルスGT、サポウイルス、アストロウイルスは近年ほぼ10例前後検出されるが、これらウイルスは学校等の集団生活の場で感染症を引き起こすことがあり監視、調査が必要である。
インフルエンザウイルス
Aソ連型は2年〜3年間継続して流行し、その後の2年〜3年間は非流行期となるパターンを繰り返している。A香港型は1990(H2)年からほぼ毎年多く分離されており、この型による流行が近年は主流となっている。B型はほぼ毎年分離されているが、この型による大きな規模の流行は数年間隔となっている。
(6)主な疾患から検出されたウイルス分離状況(表22)
表22に1982(S57)年〜2006(H18)年までに代表的な疾患から分離または検出されたウイルスを示す。これらにはそれぞれの疾患の主要な原因ウイルスと、必ずしも原因ウイルスではなく、その時々に流行しているウイルスが付随的に分離されたものも含まれている。