感染症発生動向調査事業にともなう感染症流行とその病原体の確認調査のために，2004年１月から12月 の間に県下の病原体検査定点で採取された13疾患群1,825検体の患者材料を取り扱った。これらの患者材 料は県下の小児を中心とした感染症の原因となるウイルスの流行状況を反映しているものであり、咽頭炎をはじ め、インフルエンザ、感染性胃腸炎、手足口病、咽頭結膜熱、ヘルパンギーナ、無菌性髄膜炎、などについてウ イルスの検索をおこなった。

　分離されたウイルスは表17に示すように34種類（血清型）640株であった。
　以下に代表的な疾患群とウイルスについてあげる。
咽頭炎：咽頭炎は病原体調査対象疾患の不完全型あるいは前駆症状を示す重要疾患であることから、351検体 を取扱った。その結果、アデノウイルス、コクサッキーＡ群・Ｂ群ウイルス、エコーウイルス、単純ヘルペスウ イルス、インフルエンザウイルス等の18血清型（種類）の72株が分離された。
　アデノウイルスでは６種類が分離され、全アデノウイルス分離数80株中28株(35％)が咽頭炎に由来し ている。５月から７月に流行した咽頭結膜熱の原因でもある３型が最も多く，次いで２型が多く分離されている 。
　コクサッキーＡ群は５種類98株のうち３種類10株が咽頭炎に由来し、ヘルパンギーナや手足口病の流行に 合わせて分離された。
　エコーウイルスでは６種類88株のうち、18型をはじめとして13株が分離された。18型は本年の無菌性 髄膜炎の原因ウイルスであり、感染性胃腸炎や発疹症からも分離されている。
　インフルエンザウイルスは主に流行したＡ香港型（AH3）が11株およびB型が2株分離された。
インフルエンザ（疑いを含む）：300検体中７種類157株のウイルスが分離された。そのうちインフルエン ザウイルスは、流行の主体となったＡ香港型（AH3）が121株と多く、シーズン後半にかけてＢ型が26株 分離された。その他ではアデノウイルス（２、３型）５株、エコーウイルス（18、25、30型）が５株分離 された。
咽頭結膜熱：105検体から23株が分離された。主なウイルスはアデノウイルス３型であり、その他ではアデ ノウイルス１、２型が分離された。
手足口病：50検体から26株が分離された。夏期には大きな流行が無かったが、秋から冬にかけて流行があり 、コクサッキーＡ16型が分離された。また、11月から12月にはコクサッキーＡ６型も分離された。
ヘルパンギーナ：比較的大きな流行となり、60検体から45株のウイルスが分離された。主な原因となったコ クサッキーＡ４型が24株と最も多く、この他にコクサッキーＡ２、６型などが分離された。
無菌性髄膜炎：164検体から43株が分離された。本年はエコー18型ウイルスが流行し、無菌性髄膜炎から 31株のウイルスが分離された。エコー18型ウイルスは無菌性髄膜炎の他にも、感染性胃腸炎や咽頭炎など様 々な疾患から分離されている。
感染性胃腸炎：403検体より215例が検出された。Ａ群ロタウイルス98例、ノロウイルスＧ�U40例、ア ストロウイルス18例が主なウイルスである。この他にも各種のウイルスが分離され、最も多種類のウイルスが 検出されている。

　年間を通してみると、冬期はインフルエンザウイルス、感染性胃腸炎の原因となるノロウイルス、Ａ群ロタウ イルスが検出された。コクサッキーＡ群は初夏から秋にかけての５〜９月が中心であるが、季節はずれになる秋 から冬にかけても分離された。７〜８月にはエコーウイルスが多く分離された。
　以下に代表的なウイルスについて月別にあげる。
アデノウイルス：１、２、３、５型ウイルスが年間を通して分離される傾向にあった。
コクサッキーＡ群ウイルス：ヘルパンギーナの主な原因となったＡ４型が６〜７月を中心に多く分離された他、 Ａ16型が８〜12月に、Ａ６型が11月〜12月に分離された。
コクサッキーＢ群ウイルス：本年は例年に比べＢ群ウイルスの分離数が少なく、目立った流行が無かった。
エコーウイルス：本年は７月〜８月を中心としてエコー18型ウイルスの流行がみられ、さまざまな疾患から分 離された。
インフルエンザウイルス：Ａ香港型が２月を中心として３月まで流行した。入れ替わるようにＢ型が２月から分 離されはじめ、４月をピークに５月まで流行し例年に比べ長期の流行となった。
下痢症関連ウイルス：ノロウイルスは感染性胃腸炎の１〜２月と11〜12月の主な原因とされているが、１月 から７月まで長期間にわたり検出されており、ノロウイルスの感染予防対策を検討する必要がある。一方、Ａ群 ロタウイルスは４月を中心として１〜５月の下痢症流行後期に主に検出された。サポウイルス、アストロウイル ス、エンテリックアデノウイルスが時期をずらしながら検出された。

　適切な検査材料と採取時期が感染症の病原体診断のために重要な要素である。一般に呼吸器系感染症は咽頭拭 い液を主体に糞便を補助的に加え、胃腸炎症状は糞便、髄膜炎症状では脊髄液、咽頭拭い液、糞便、そして水疱 を伴う発疹症は水疱液、咽頭拭い液、糞便、眼疾患では結膜拭い液、咽頭拭い液等の材料を採取し、ウイルス分 離が行われている。
以下に材料別のウイルス分離頻度を示す。
　咽頭拭い液は最も多種類のウイルスが分離され、胃腸炎症状以外の疾患のウイルス検索に一義的に採取検討さ れる材料である。さらに症状に合わせて脊髄液、水疱内溶液、結膜拭い液等の採取によって分離率を高めること が適当と考えられる。
　インフルエンザでは、確定診断に用いる診断キットの検体採取にあわせてウイルス分離用の検体を採取する場 合が多くなり鼻汁の検体数が増加した。診断キット陽性の患者からウイルス分離用の検体が採られることも考え られ、ウイルスの分離率も79％と高くなっている。
　また、眼症状を伴うアデノウイルス感染症の主要疾患である咽頭結膜熱、流行性角結膜炎等の眼脂、結膜拭い 液からの分離率はかならずしも高くない。これはアデノウイルスは増殖の過程でインフルエンザ、エンテロウイ ルス感染症のように、ウイルスが感染細胞外へ放出されにくく、細胞内にとどまることから、材料採取に当たっ ては感染細胞が採取できる程度に強く拭うことが必要である。

　分離されたウイルス毎の分離時期と侵入地、地域間の波及の方向をみるため，流行した代表的なウイルスにつ いて表20に示した。
アデノウイルス：咽頭結膜熱の主な原因となった３型ウイルスは、東部で１月上旬から分離され始め、西部では ３月上旬から、中部では３月下旬から分離された。
コクサッキーＡ群ウイルス：Ａ４型はヘルパンギーナの主な原因となり、６〜７月にかけて各地区で分離された が、東部では６月に、中部では７月上旬に多く分離され、西部では６月〜７月の他に８月下旬にも分離された。 手足口病の主な原因となったコクサッキーＡ16型は８月から中部で分離され始め、９月から12月にかけて中 部・西部で分離されたが、東部では分離されなかった。11月からは中部でコクサッキーＡ６型が手足口病の原 因ウイルスに加わり、続いて東部、西部からも分離されるようになった。
ノロウイルス：中部では１月初めから検出されたが、２月中旬から３月中旬まで検出されなかった。その後４月 から７月まで検出が続いた。西部では２月から３月に検出されたが、１月や４・５月の春期には検出されていな い。東部では２月から７月にかけて検出が続いた。
Ａ群ロタウイルス：例年３月にピークが見られるが、東部と中部では４月にピークが見られた。中部では２月初 めから検出され、５月まで検出が続いた。西部では３月の検出数が最も多かった。
インフルエンザウイルス：Ａ香港型は１月中旬から各地区で分離され始め、東部・中部では１月下旬から２月に 最も多く分離された。Ａ香港型は３月の下旬にはほぼ分離されなくなり、４月上旬の東部からの１株を最後に分 離されなくなった。一方、Ｂ型は２月中旬に東部で分離されたのを始まりとして、東部では４月下旬まで分離さ れ、西部では４月中旬にピークが見られた後５月上旬まで分離された。しかし、中部および隠岐ではＢ型は分離 されなかった。Ｂ型は患者数は多くなかったものの、春遅くまで流行するというＢ型の特有の流行パターンとな った。

　感染症サーベイランスが開始されて以来、当所で分離された主なウイルスを表21に示す。
アデノウイルス：１、２、３、５型は増減があるものの、この間、毎年分離されている。アデノウイルス６型の 頻度は高くないものの、継続的に分離されている。アデノウイルス７型は1993年（1982年以前を含め） まで県内での分離例はなく、1994年より分離されるようになり以後継続的に分離されている。
コクサッキーＡ群ウイルス：一定間隔で高頻度に分離されるＡ２、４、５、６、10および16型と、稀に分離 されるＡ３、８、９、12、14型に分類される。９型は、2003年に５年ぶりに３株分離された後、本年は 13株と多く分離された。
コクサッキーＢ群ウイルス：１型〜５型が分離されており、それぞれのウイルスは１、２年の多発期と１〜３年 の非流行期がみられている。
エコーウイルス：他のエンテロウイルスに比べ流行周期が長いのが特徴である。本年は18型ウイルスが多く分 離された。
エンテロ71型ウイルス：手足口病の原因として２〜３年周期で流行、分離されているが本年は分離されていな い。同様に手足口病の主要ウイルスとなるコクサッキーＡ16型ウイルスと流行時期が相前後した時期に流行し ている。
ポリオウイルス：年間３〜30株が分離されているが、いずれも感染性胃腸炎、咽頭炎、発疹症等の糞便、咽頭 拭い液材料から生ワクチン投与後の一定期間に限られて分離されている。
下痢症起因ウイルス：Ａ群ロタは1984年より検査を開始したが、Ａ香港型インフルエンザウイルスに次いで 多く検出されているウイルスである。また、アストロウイルスは1995年より一部の材料について実施した結 果であり、必ずしも流行を反映しているものではないかもしれない。ノロウイルスはＰＣＲ法のプライマーの選 択・改良により、検出数が増加している。
風疹ウイルス：1988年以降空白となっている。これは風疹ウイルスに感受性の高い培養細胞の入手が困難と なり、分離培養ができなくなったことによる。

　表22に1982年〜2004年までに代表的な疾患から分離（検出）されたウイルスを示す。これらにはそ れぞれの疾患の主要な原因ウイルスとなるウイルスと、必ずしも原因ウイルスではなくても、その時々に流行し ていたウイルスが付随的に分離されたものも含まれている。