山持遺跡

所在地:島根県出雲市里方末・西林木町

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 山持遺跡は出雲平野の北側、北山山系の南麓にあります。遺跡は斐伊川の流れによって形成された自然堤防の上にあり、弥生時代には大規模な集落が営まれていました。遺跡の範囲は南北約500メートル、東西約2キロメートルあります。地下水位が高く、通常の集落ではみつからない建物の柱や基礎の木材が良い状態で残っていました。

調査区配置図

山持遺跡調査区配置図

島根県教育庁埋蔵文化財調査センター提供

山持遺跡の発掘調査

 山持遺跡は1962年に発見され、1980年から断続的に発掘調査が行われています。2002年から2010年まで行われた東林木バイパスの建設に伴う発掘調査では、多くの出土品が発見されました。山持遺跡では弥生時代中期から後期に集落が営まれました。3区から6区の南側に居住域があり、1区の南側に祭祀場や墓域があったと推定されます。2世紀初め頃に斐伊川の洪水で集落の西側が洪水砂で埋没します。しかし、洪水砂の上に集落はすぐに再建され、2世紀後半から3世紀前半にかけて集落は最盛期を迎えます。

 山持遺跡の特徴に、通常の集落では多い竪穴建物が見つからず、掘立柱建物跡しか見つかっていない点があります。掘立柱建物跡は5棟あり、そのなかには木製の柱材が腐らずそのまま土中に残っているものもありました。柱の沈下を防ぐための枕木を使用するなど、地盤が軟弱な低地ならではの構造が残っていました。水辺のムラに暮らす人々の工夫がうかがえます。

特殊器台出土状況

1区の吉備系遺物の出土状況

島根県教育庁埋蔵文化財調査センター提供

土器だまり

6区の完形品がまとまって出土した土器だまり

島根県教育庁埋蔵文化財調査センター提供

布掘建物跡

6区の建物跡

島根県教育庁埋蔵文化財調査センター提供

山持遺跡の出土品

 膨大な出土品の中には、木製品や漆、朱、玉類の未成品があり、これらの生産が行われていたことがわかります。また、九州や近畿はもとより、朝鮮半島の土器も多数出土しています。山持遺跡が交流の拠点として他地域との広い交流を行っていた、出雲平野を代表する集落遺跡であったことがわかります。

弥生土器

弥生時代後期の土器

特殊土器群

1区から出土した吉備系土器他

勒島土器

勒島式土器(朝鮮半島南部の土器)

三韓土器画像

三韓土器(朝鮮半島西側中部の土器)

楽浪土器

山持遺跡で出土した楽浪土器(朝鮮半島北部の土器)

出土品の画像は全て島根県教育庁埋蔵文化財調査センター提供

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