島根の教育に求めるもの
【はじめに】
今年度は校長と教頭のみなさん両方に対してお話ししたいと県内の教育事務所を木村教育監と歩きました。
どうして10回も喋ろうと考えたかと申しますと、私は、任期4年の教育委員に選任され教育長になり、今年が4年任期の最後の年になります。今まで3年間語ってきたことを改めて是非校長の皆さん、教頭の皆さんに直接語りかけたいという思いからです。
資料として、お手元に配っておりますのが、この4月新任校長への辞令交付式での訓辞の資料と、お持ち頂いた教育課程審議会の答申とそれをリーフレットにしたものです。これを私の関係の資料にしたいと思います。
それから「仰げばとうとし」の歌詞をコピーしたものも用意しております。どういう趣旨のものかをお話ししますと、音楽の時間や卒業式に「仰げばとうとし」はあまり歌わなくなったようですが、歌詞を見ていただきたいと思います。歌詞の中に文語調で、「いととし」という言葉がありますが、この意味は、「大変早く過ぎた」という意味です。この意味は、教えなければわからないのです。これは例ですが、音楽の時間にも国語の教育ができるはずです。また、そういう教育を心に置いておくことが大切であると思います。その例として「仰げばとうとし」の歌詞を用意しました。
忘れないうちに話しておきたいのは、現在、古代出雲歴史博物館で並河萬里の写真展をやっております。並河萬里は、1990年から約8年、松江や鷺浦や美保関などに居を構えながら「神々の座出雲」ということをテーマにして写真を撮りました。それを展示したのがこの写真展です。私は、文化課の補佐の時に並河萬里さんと接点がありまして、それ以降、私設秘書のような役回りで並河萬里さんのふるさと教育の家庭教師を務めました。並河萬理さんは、お父さんが大社町出身で英文学者でして、お母さんが松江市出身で宝塚のスターでした。そういうことから人生の最後の写真を出雲に求めていました。その撮影については、出雲の風土や歴史がベースでありますから、私が案内役とか家庭教師の役割をしてきました。展示している写真集の中に組写真という物がありまして、茅葺きの屋根の屋根替えの写真があります。その屋根替えの仕事をしながら炭で真っ黒になっている男の顔の写真もあります。この屋根替えの家の写真は、私の実家の写真です。関心がありましたら、それも見ていただきたいと思います。まさしく、昔の日本、島根県の田舎の茅葺きの民家写真であります。並河萬里の心象風景の作品を是非見て頂けたらと思います。忘れないうちにお話をしておきたいと思います。
【学校経営にあたって】
さて、訓辞の資料を見て頂きたいと思います。最初に○をつけています6つの項目、しつこくしつこく語っていますが今日もこれを語っていきたいと思います。
とくに二つめの、「感性を磨けば人生が楽しくなる、知性を高めれば、人生が豊かになる」をはじめとして「心の豊かさを育む教育を知育、徳育、体育の基礎に据えた教育をやっていこう」「基礎・基本、原点を今一度見つめ直そう」という言葉を再度見ていただきたいと思います。
また、今日的教育の課題は複合的、重層的に起きていると捉えるべきだと思います。そうであれば、一つ一つの課題に対する的を射た対策とともに課題が複合的、重層的であるが故に総合的な根底的な対策が必要だと語ってきました。そのための取り組みについては、「スピードとパワー」が求められると申しました。また、「情報の受信力」ということを語ってきました。すなわち、
- 学校経営にあたってはアンテナを高く張り、校内だけでなく社会や地域の動向に敏感であってほしい。アンテナを高く張りつつも、流行に過度に動ずることなく、これまで培ってきた教育についての不易の信念に自信を持っていただきたい。
- そして、四季の移ろいや自然、生命などに感動する感性を磨き、知性を高め、全人格的に子どもと向き合う学校経営を行ってほしい。
ということを申してきました。
こうした考えは、自分で申すのは、手誉めの世界になりますが、教育を進めるにあたっての不易の理念・考え方だと思います。ぜひ、島根県のこれからの教育の中で重視していきたいと思っております。
【島根県教育課程審議会答申】
そこで、教育課程審議会答申にこうした考えをかなり色濃く盛り込んでいます。また、その盛り込んだ考え方を重点項目としてリーフレットにしました。今回は、全職員のみなさん分の部数をつくり、配布しました。この答申をまとめるにあたっては、かなり苦労しました。私は、2回は読みました。かなり朱を入れました。言わば労力を使って作ったものです。ポイントを明らかにし、できるだけ分かりやすく、「例えば」をたくさん入れた作り方をしています。是非、全職員の皆さんに読んでほしいと思っています。またこのリーフレットは、こうした勉強会や講演会で使うために準備しました。
まず表紙を見て頂きたいのですが、真ん中にありますように知育、徳育、体育の基礎としての「感性」を大きく強調しました。「基本的な考え方」の二つめに「豊かな自然や歴史、文化、教育熱心な人々など恵まれた教育資源を生かす」ことをあげています。これは「ふるさと学習」が代表例であり、総合的な取り組みの一つです。三つめに、多面的・総合的な指導と教科などの特質に応じた指導との両面的な指導に取り組んでほしい点をあげています。
このこと(多面的・総合的な指導と個々の教科指導との両面的な指導)をいくつかの例をあげて話します。
○学力向上への取り組み
さきほどは教育課題に対応するためには総合的な対策と個々の的を射た、当を得た対策が必要だと言ってきました。ご案内のように学力調査で行っているところの生活実態調査では、圧倒的に家庭学習の時間が不足している結果が出てきています。
小学校のところをベースに話していきたいと思いますが、学力の向上のためには、まず何が必要かと言いますと、「家庭学習の時間を増やそう」ということを重点項目にしております。そしてまた家庭学習の時間を増やすということ、「学習意欲を高める」ということは、学ぶこと・知ることが楽しくなければならないということであります。
また、学習内容の理解の状況によって適度な負荷をかけて取り組ませてやることが必要です。「適度な負荷をかける」と申しますと、宿題であったりプリントをしたり本を読んだりすることです。
学力の向上には、まずそうした家庭の学習の確保が必要であります。家庭の学習時間を増やすと言うことは、生活習慣としてテレビの時間やゲームの時間との配分をどうするかということと、まさに密接な関係があります。あるいは、体力のないところに学習の意欲は出てこない、朝食を食べずでは力が出ない、意欲が出ない、頭が働かない。
これは、学力ということと生活習慣ということとは関係がありますから、学力の問題、学力をのばすということは、総合的な対策としては生活習慣によるところが大きく、学習習慣を立て直すことが関係しているということであります。それが、総合的な対策と個別の対策ということです。
○道徳的教育
道徳教育については、自分を大切にすること、他人を思いやること、卑怯を恥じることなど、言わばモラルの問題、社会的なルールを守るという問題よりも、もう少し広い意味の道徳性だということが言えます。言い方を変えますと、我々の日本人の生活の価値観というのは、昔から「世間体」とか「他人の目」とか「お天道様が見てる」とか「そんなことをして恥ずかしくないのか」とか「世間体が悪い」とかいう言葉によって表現されていると思います。それが戦後の個を尊重するという全体的な思想風潮の中にあって、そうした「世間体」とか「他人の目」とかが、ほぼモラルとして活きていないような社会になりました。自己中心主義とかジコチュウと、「世間体」や「他人の目」というのは、思想・考え方、視点が違うと思います。誤解を恐れずに言うと「恥ずかしいという概念」つまり、道徳という範疇で言えばモラルとして「恥じる」ということがなくなってきたように思います。今の様々な社会病理すなわち、思いもよらない犯罪あるいは、よくもそこまで頭が回るなという知能的な犯罪、生活給付金があれば振り込め詐欺に利用するとか、インフルエンザでマスクが売れるとなればインターネット販売での儲けの手段とする。なんとまあ貧しい精神構造を持つ人間が増えてきているということであります。
そうした道徳に関する教育は道徳の時間だけでするものではないのです。道徳の指導というのは、各教科等で関連づけて指導すると書いております。
体育を例にとりますと、はげしい運動に耐えるという忍耐力。あるいは競争した中で人間の運動能力に差があるということを認識するということ。勝ったものは勝っておごる、負けた者をさげすむという価値観ではなくて「負けた者に対する情を持つ」「勝っておごるな」ということも体育の時に教える道徳だと思います。努力をすることや忍耐力はもちろんでありますし、スポーツのルールというものを社会のルールとオーバーラップさせて頭にいれるとともに、そうしたことも体育の中で行う全人格的教育といえると思います。
なお、ふるさと教育については、これからもずっと続けていこうと考えています。
○言語活動の充実
今回新たに言語活動の充実、学校図書館の教育をあげています。言語活動については文部科学省も新しい重点項目の「いの一番」にあげていますが、この考え方に、非常に賛同するところです。言語は、知的活動、コミュニケーションや感性情緒の基盤であることから各教科等における基盤に据える言語能力は、とりもなおさず感性の基盤ともなるものであります。また、図書館教育は、感性情緒の部分に大きな影響を与えています。
もう少し申しますと、言語能力と言いますのは、単に知的活動だけではなくて、私の先ほどのスローガンで申しますと、感性の部分のベースでもあります。そして社会の中で必要なコミュニケーションは「思ったことが表現できる」「相手が言いたいことや相手の思いをくみ取る・受け止める」という言語の能力がなければ成り立ちません。また、そうした言語の能力というのは、論理的なものの考え方にも通じるのです。
これは、数学の時間でも教えることができますし理科の授業においても言語の力を使います。こういうふうに各教科は重層的であります。それぞれ関連が深く、多面的総合的に言語活動を考えていく必要があると思います。
何人かの会社の社長からの「専門的なことは、卒業したあと我々でも鍛えられる。しかし、最低これだけのことはということをきちんと学ばせて社会へ送り出してほしい。」という言葉が印象的でした。その「これだけ」とは、
- コミュニケーションがとれる
- 挨拶ができるということ
- 一般的教養分野の知識がある指示待ち人間ではなくて自分で考えて行動できる
- 相手の立場に立って物事を考えて発言できる
- 忍耐力がある
- 明るく覇気がある
- 夢を持つということであります。
ある会社で聞きましたら採用面接試験の答えがすべて決まった言葉だったそうです。一生懸命覚えたようで誰もが「会社のためになる社員になりたい」と言うそうです。もう少し「夢を語れる」子供を自分の会社は求めているということでした。
また、「あらけずりでもいいからきらっと光る人材」を求めているという言い方をされました。要は、難しいことではなくて社会人として必要なきちっとしたことを身につけさせることが大切だということです。「社会人基礎力」などとも言われていますが、モラルのほか、こうしたことも大事なことと感じています。自己中心で、弱いものをいたわるとか卑怯を恥じるとかいわば「恥の文化」が尊重されないような価値観、風潮が蔓延していると思います。
また、極端な平等主義や個々人を重視する考えなどから、競争をさせないことで忍耐力(耐える力)がついていなかったり、自ら考えて実行する力や覇気に乏しい人間が育ってきたりしているのかもしれません。
【教育の対象者】
皆さんが行う教育の対象者は誰なのかということを考えて頂きたいと思います。義務教育ということから当然生徒の教育ということが言えます。したがって、
1つめは、子どもを教育するということ、当たり前のことです。
同時に、「自ら知性を高め感性を磨き、生徒と向き合うために自らを鍛える」これを生涯やっていってほしいと思っています。わたしもそう思って生活しています。少し自慢げなことを言いますと、この3年間でこの島根県の教育をどうするかと考えたのは、皆さんの中ではわたしが一番ではないかと思います。なぜかというと、私は素人で教育長になりました。それなりの教育観がなかったら教育長の仕事が勤まらなかったからです。そういった意味から一生懸命勉強をした訳です。
そういうことから、2つめは、「自ら」が教育の対象だと思います。
3つめが教育課題でもある様々な社会病理のことです。「自分さえよければ」、ジコチュウと言われるように社会の規範が悪くなった。あるいは、「勝った勝ち組は何をしてもいい、負け組は発言権がない。」こうしたことを少しでも是正していくことを考えなければならないと思います。そのため、これから大人になる子どもにきちっと人格形成の中で教えていかなければならない。そして、それに限らず、今の大人に対してもそれぞれの分野で一生懸命にやっていかなければならない。学校もできるかぎり、保護者に対してそのような働きかけを是非やってほしいと思っています。
そして、4つめは、後に続く教員のみなさんであります。世間体、他人の目などの恥の文化の価値観を教わらずに育った人が教員として採用される世代になってきています。皆さんと私とでは、共有する部分があろうと思います。今まで話してきた共有できる価値観は、みんなの総意でもってとか、話し合いの中で考えていくとかではなく「絶対に教えなければならないという信念」をもって後輩に教えて欲しいと思います。これまで培ってきた不易の信念に自信を持ってやってほしい。そういう中から我々のこの社会が少しでも良い方向に向かっていけるような取り組みをお願いしたいと思います。ぜひ教育に従事する皆さんの念頭に置いてほしいと思います。
【おわりに】
これで10回目の講話が終わりますが、最後にお話しておきたいことがあります。今年度からスタートさせる図書館教育は、5年間で終えるなんて毛頭考えていません。永続的な制度を前提にやっていきたいと思っています。ただ5年後に見直しが必要なら、見直しをしていきながら進めていきたいと考えております。市町村に明確な財政措置があれば市町村の方に任せることになりますが・・・。
以上、話したことを島根の教育のために現場でもがんばってやってもらいたいと思っています。
お問い合わせ先
島根県教育委員会
〒690-8502 島根県松江市殿町1番地(県庁分庁舎) 島根県教育庁総務課 TEL 0852-22-5403 FAX 0852-22-5400 kyousou@pref.shimane.lg.jp