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実事求是〜日韓のトゲ、竹島問題を考える〜

第43回

『大日本史』(「隠岐国」条)を報じた「ヘラルド経済」の誤報

 韓国の「ヘラルド経済」(ネット版)は2015年6月24日、「日本、独島は韓国領とした歴史書世界記録遺産に推進」と題して、『大日本史』を紹介した。「ヘラルド経済」によると、『大日本史』では「芋陵島(現在の欝陵島、以下同じ。下條)は独島(松島・マツシマ)を付属島(属島)として高麗の領土」としている、というのである。

 だが文部科学省のホームページで「ユネスコ記憶遺産国内公募申請状況」を確認しても、申請された16件の中に『大日本史』はない。あるのは「水戸徳川家旧蔵『大日本史』編纂史料」である。「明治日本の産業遺産」の登載の過程では、韓国政府が「戦時中、朝鮮人の強制徴用された施設がある」と異議を挟んだが、「ユネスコ記憶遺産」では竹島問題を絡めて、日本側を牽制したつもりでいるのだろう。事実、「ヘラルド経済」は、冒頭から「日本が韓国の独島の領有権を認めた内容の歴史書をユネスコ記憶遺産として登載を推進している」として、次のように伝えているからである。

 この本の巻234、列伝5、高麗条には、「寛弘元年(元年=1004年3月7日)、高麗の蕃徒(蕃徒・国境地域に住む輩)の芋陵島の人々が因幡(今の鳥取県西部地域)に漂流し、到着した…(中略)…公任集によれば新羅の宇流麻島の人々が到ったとするが、宇流麻島は即ち芋陵島だ。その後、食糧を与え、本国に送りかえした」と出ている。

 この『権記』を引用した『大日本史』の他の記録は、「芋陵島は独島(松島・マツシマ)を付属島(属島)として高麗の領土」ということを明らかにしている。

 だが「ヘラルド経済」の記事は、「日本が韓国の独島の領有権を認めた」とする論拠を載せていない。そこで松島と竹島(欝陵島)に言及した記事を『大日本史』(巻三百八、志三)で確認すると、その「隠岐国」条には、次のように記されていたのである。

 隠岐国。下。又隠伎三子島と曰ふ。凡そ四島、分ちて島前、島後と曰ふ。別に松島・竹島ありてこれに属す。

 ここに引用したのは本文だけだが、『大日本史』(巻三百八、志三)では、竹島と松島を隠岐国に「属す」としているのである。「ヘラルド経済」は何故、「独島は韓国領とした」と、伝えたのだろうか。それは原典で確認せず、既存の知識で記事を書いていたからであろう。事実、「ヘラルド経済」が「『大日本史』の他の記録」とした『大日本史』(「隠岐国」条)には、次のように記されていたからである。

 〔本文〕凡そ四島、分ちて島前、島後といふ。〔分註〕隠州視聴合記、隠岐国図。○属島一百七十九、総称して隠岐の小島といふ。〔本文〕別に松島・竹島ありてこれに属す。〔分註〕隠岐古記、隠岐紀行○按ずるに隠地郡福浦より松島に至る、海上六十九里、竹島に至る百四町。韓人竹島を称して欝陵島といふ。已に竹島と曰ひ、松島と曰ふ。わが版図たること智者を待たずして知れるなり。附して以て考に備ふ。(『大日本史』「隠岐国」条)

 これは大略、次のような内容である。「おおよそ四島からなる隠岐国には、島前と島後とは別に松島と竹島があり、隠岐国に属している。その松島と竹島について考えてみると、次のことが言える。隠地郡福浦から松島に至るには海上六十九里、竹島には百里四町。韓国人は竹島を称して欝陵島というが、すでに竹島と松島と言っているので、日本の版図であることは、智者を待たずとも知れることである。備考としてここに附しておく」

 『大日本史』(「隠岐国」条)では、『隠州視聴合記』(1667年序)に依拠して、竹島と松島を日本領としていたのである。「ヘラルド経済」が報じた「芋陵島は独島(松島・マツシマ)を付属島(属島)として高麗の領土」云々は、誤報である。では何故、「ヘラルド経済」は、平然と虚偽の報道をしたのであろうか。それは韓国側と一部の日本人研究者が『隠州視聴合記』(「国代記」)を曲解(注1)し、竹島と松島を日本の領土から除外しているからである。「ヘラルド経済」は、それらに無批判に従い、「芋陵島は独島(松島・マツシマ)を付属島」としたのであろう。

 だが『大日本史』は、『隠州視聴合記』(「国代記」)で日本の西北限とした「此州」を竹島(欝陵島)と読み、竹島と松島を「日本の版図」としたのである。この解釈は、『日本輿地路程全図』を作成した同じ水戸藩の長久保赤水も同じであった。長久保赤水が『日本輿地路程全図』に描いた竹島(欝陵島)の近くに、「見高麗猶雲州望隠州」(注2)と付記したのは、それが竹島(欝陵島)と松島(現在の竹島)を日本領とする、『隠州視聴合記』の論拠だからである。『隠州視聴合記』では、竹島(欝陵島)からは外国の「高麗(朝鮮)が見える」ことを以て、竹島(欝陵島)を日本領とする証としていたのである。

 しかし『隠州視聴合記』(「国代記」)の「此州」を隠州としたい韓国側にとって、『大日本史』が竹島と解釈した事実は、不都合な事実であった。そこで「半月城通信」を主宰する朴炳渉氏は次のような論理を展開し、竹島と松島を日本領から除外することに苦心(下線、下條)していたのである。


 「『大日本史』は松島や、韓人が竹島と称する欝陵島を「我が版図になした」とありますが、これは言うまでもなく、それ以前は「我が版図ではなかった」ことを意味します。

 その時期ですが、上記の「別に松島、竹島があり、これに属する」という文脈から考えると、『大日本史』は隠州視聴合記の段階では竹島、松島を隠岐の属島179に含めず、その後の隠岐古記や隠岐紀行の段階で我が版図にしたと見ているようです。ただ『隠州視聴合記』が書かれた1667年はすでに竹島渡海免許がだされ、渡海事業が実際に行われていたので、この時期に松島、竹島を「我が版図となした」としても不自然ではありません。

 それにもかかわらずそのように解釈しなかったのは、やはり『大日本史』が『隠州視聴合記』に記載された日本の限界である「此州」を隠州と解釈し、松島竹島を日本領から除外していたからと思われます。」


 朴炳渉氏は、『大日本史』が「為我版図、不待智者而知也」とし、竹島と松島を「日本の版図」とした事実を「我が版図になした」と誤訳し、「この時期に松島、竹島を『我が版図となした』としても不自然ではありません」と、『大日本史』(「隠岐国」条)の文意を変えてしまったのである。そこで朴炳渉氏は、さらに「隠岐国」条を恣意的に解釈して、「やはり『大日本史』が「『隠州視聴合記』に記載された日本の限界である「此州」を隠州と解釈し、松島竹島を日本領から除外していた」と、虚偽の歴史を捏造したのである。

 だが『大日本史』(「隠岐国」条)の記事を歪曲しただけでは安心ができなかったのか、朴炳渉氏は水戸藩の編纂事業にも難癖をつけて、その文献的価値を貶めようと、画策しているのである。朴炳渉氏は『大日本史』を「水戸藩の歴史書にすぎず、幕府史料を入手できず、事情を知悉していなかった」。「同書は、幕府のだした竹島(欝陵島)渡海免許を知らなかったようです。地方人が書いた史書なのでやむを得ません」(注3)と揶揄したのである。

 だが水戸藩による『大日本史』編纂の水準の高さは、『増補水戸の文籍』等で確認することができる。事実、『大日本史』(「隠岐国」条)が「別に松島・竹島ありてこれに属す」とした際も、編者の見識が示されていたからである。それが分註にある「按語」で、「按ずるに(中略)、日本の版図であることは、智者を待たずとも知れることである」と記されていたのである。『大日本史』の編者は、1696年の江戸幕府の竹島(欝陵島)への渡海禁止策を批判的(注4)に見ていたのである。

 『大日本史』の編纂にも関わった長久保赤水もその一人で、水戸藩と関係のあった青木昆陽も「竹嶋(筆者注、欝陵島)ヲ朝鮮ヘアタヘ給トカヤ、憲廟(筆者注、徳川綱吉)ノ御仁政ニテ与エ給トイエトモ、地ハ少ノ所モ惜ムベキコトナレバ、有司ノ過チナランカ」(『草盧雑談』)と述べている。

 『大日本史』(「隠岐国」条)では、竹島(欝陵島)と松島(現在の竹島)を日本領としていたのである。そのため朴炳渉氏は、その事実を隠すためか、その根拠となる「日本の版図であることは、智者を待たずとも知れることである」とした文言を曲解(敢えて恣意的に解釈)して、「我が版図となした。智者を待つが知れない。ついては、以て考えに備える」と、文意を変えてしまったのである。『大日本史』の「按語」が正しく解釈されれば、韓国側が『隠州視聴合記』の「此州」を隠岐と曲解していた事実が、明らかになってしまうからである。朴炳渉氏はそれを避けるため、『大日本史』が「『隠州視聴合記』に記載された日本の限界である「此州」を隠州と解釈し、松島竹島を日本領から除外していたからと思われます」と虚言を吐き、『大日本史』が竹島と松島を「隠岐国に属す」としていた事実の隠蔽を謀っていたのである。

 だがその偽りの文献解釈は、「ヘラルド経済」の記事と同様、墓穴を掘ってしまったのである。その朴炳渉氏は2007年3月、『竹島=独島論争』を刊行し、そこでも『大日本史』(「隠岐国」条)に言及し、「ここで注目すべきは、松島が『隠州視聴合記』(一六六七)に記述されていても、同書からは日本の版図とは考えられていなかったことです」(30ページ)等として、虚偽の歴史を語っていたのである。

 だが『大日本史』(「隠岐国」条)では、『隠州視聴合記』(「国代記」)を根拠に、竹島(欝陵島)を日本の西北限としていた。朴炳渉氏は、その『竹島=独島論争』で、私に対する批判を縷々述べているが、それは批判のための批判に過ぎなかったのである。

 その実態を知らない韓国国会と韓国の国会図書館は2009年11月、『竹島=独島論争』を英語版とし、世界の国会図書館に配布した。だがそれはいつでも竹島を日本領と変換することのできるウィルスともなり、自爆の誘導装置を世界の国会図書館に送り付けてしまったのである。

 「ヘラルド経済」が事実無根の記事を掲載したことで、竹島問題に対する韓国側の誤謬をまた一つ明らかにすることができた。だが韓国の国情を考えると、誤報の訂正は期待すべくもない。そこで「実事求是」を借りて、『大日本史』(「隠岐国」条)では、竹島と松島を「日本の版図」としていた事実を明らかにし、『隠州視聴合記』(「国代記」)の「此州」に対する韓国側の解釈の誤りを糺しておいた。

(下條正男)


 (注1)池内敏氏はその著『竹島問題とは何か』(名古屋大学出版会)等で、『隠州視聴合記』(「国代記」)にある「此州」を隠州であるとした。だが『大日本史』(「隠岐国」条)ではその「此州」を竹島(欝陵島)と読み、松浦武四郎も『竹島雑誌』で同様の解釈をしている。池内氏の漢文解釈だけが奇抜だったのである。その違いが生じたのは、『隠州視聴合記』(「国代記」)の次の漢文を池内氏流に解釈していたからである。

「此二島無人之地、見高麗如自雲州望隠州。然則日本之乾地、以此州為限矣」(この二島は無人の地で、高麗を見ることは出雲より隠州を望むようである。だから日本の乾(西北、下條注)地は、この州を以て限りとする)

 この漢文について、池内敏氏は、「此州」が隠州である理由を次のように説明している。

「此州」の「此」なる指示代名詞は、直近の固有名詞を承けると解するのがふつうである。(中略)「日本の西北の地は此州をもって限りとす」の「此州」は、直近にある「隠州」を指すと見るのが極めて常識的な解釈である。(『竹島問題とは何か』、83ページ)

 これを単純に説明すると、池内敏氏は「此州」の前に「隠州」があるので、「此州」は直近の「隠州」だというのである。だが重要なことは、この漢文の主語が「何」で、「日本の西北の地は此州をもって限りとす」とした根拠である。その根拠とされたのが「見高麗如自雲州望隠州。然則日本之乾地」の句である。『隠州視聴合記』(「国代記」)が日本の西北限の地とした「此州」からは、雲州から隠州が見えるように、高麗(朝鮮)が見えなければならないのである。それは池内氏の言う「隠州」ではない。「隠州」からは朝鮮半島が見えないからだ。それに池内氏は、「此州」は、直近にある「隠州」を指すと見るのが極めて常識的な解釈というが、ここの主語は「隠州」ではない。「此二島無人之地」からは、雲州から隠州が見えるように、高麗が見えるとしているだけである。「隠州」が「此州」の直近にあっても、「隠州」を「此州」と読み換えることはできないのである。池内氏は、何としても「隠州」を「此州」としたいのだろうが、漢文的な修辞では州を島とも読ませることもあるのである。それは漢文で書かれた『隠州視聴合記』(「国代記」)で、朝鮮とすべきところを「高麗」と表記しているのと同じである。

 池内敏氏は自説にとって不都合となる指摘は無視して、私の説に対しては「下條見解に触れての第一印象は、まさに「あいた口が塞がらぬ」である」。「この論者の研究者としての資質・水準が明瞭となる」等と自由な発言をし、下條正男説は「完璧に破綻したと思う」と思い込んでいるようである。池内氏にとっては、『隠州視聴合記』(「国代記」)の「此州」は、隠州に違いなかったのである。だがそれは池内氏だけの解釈で、『大日本史』「隠岐国」条)の編者や長久保赤水、松浦武四郎等は、いずれも竹島(欝陵島)としていたのである。

 (注2)『隠州視聴合記』には、「見高麗猶雲州望隠州」(ではなく、「見高麗如自雲州望隠州(隠岐)」とある。文意は同じだが、長久保赤水の漢文の方が簡潔である。

 (注3)「半月城通信」No.91、http://www.han.org/a/half-moon/hm091.html#No.651

 (注4)松浦武四郎『竹島雑誌』・岡島正義『竹島考』等


実事求是第43回(PDF版:244KB)


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