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海軍水路部長肝付兼行の書
最近知人の協力で肝付兼行(きもつきかねゆき)の書を入手した。
私個人や島根県竹島資料室所有の資料で、かなり肝付兼行関係のものが集まったので書の入手に合わせて紹介してみたい。
肝付兼行は嘉永6(1853)年3月16日鹿児島県に生まれた。北海道開拓使に仕えて測量術を学んだ後、明治5(1872)年海軍省に入っている。明治9(1876)年東京麻布海軍海象台においてタルコット法によって緯度を観測し、北緯35度39分17秒492の値を得た。これは日本緯度経度原点の最初の測定数値となった。また隠岐諸島周辺の測量に参加し、その結果を明治12(1879)年9月刊行の『水路雑誌』第19号に「隠岐回航略記」と題して発表した。内容で注目されるのは、多数の島の貴重な測量データとともに隠岐周辺の海を日本人は「北国海」と呼んでいるが「異邦通シテ日本海ト称ス」と周辺諸国の多くが「日本海」と呼んでいるとしていることである。現在韓国では日本が帝国主義を強める中で「日本海」と呼ぶ呼称を創設したとして、朝鮮の古地図の一部に記載されている「東海」の呼称への変更を提案しているが、肝付兼行は周辺諸国から生まれた呼称だとしている。
肝付等は並行して明治7(1874)年から25(1892)年にかけて広く現在の日本海全体を調査し、その集大成として明治27(1894)年『朝鮮水路誌』、明治29(1896)年『朝鮮全岸』を刊行している。肝付は明治21(1888)年水路部長に昇任しており、両方の発行責任者である。この雑誌と海図は「朝鮮」という表題があるため、その中に載る「リアンコールド岩」いわゆる現在の竹島を朝鮮領と考える研究者もいたが、水路誌が航海の安全の為の水深や岩礁等を記載することを目的とし、ロシア・ナホトカ沖のワイオダ岩等も載っている。また、国境の記載のない海図には山口県見島、島根県益田市の高島等も載っており、朝鮮領の島嶼のみが掲載されているものでないことは明白となっている。
明治37(1904)年から2年間リャンコ島(現在の竹島)でのアシカ猟を試験的に実施し、事業として成り立つ可能性を確信した隠岐(出身地は鳥取県倉吉市)の中井養三郎は、上京して島の権利の獲得を目指した。奥原碧雲の「竹島経営者中井養三郎氏立志伝」によると、「(前略)氏はまづ隠岐出身なる農商務省水産局員藤田勘太郎氏に図り、牧水産局長に面会して陳述する処ありき、仝氏もこの挙を賛成し、先づ海軍水路部につきて、リャンコ島の所属を確かめしむ、氏は即ち肝付水路部長に面会して、教を請ふや、同島の所属は確乎たる徴証なく、ことに日韓両国よりの距離を測定すれば、日本の方十浬の近距離にあり(出雲国多古鼻より百〇八浬、朝鮮国リッドネル岬より百十八浬)加ふるに、朝鮮人にして従来同島経営に関する形迹なきに反し、本邦人にして既に同島経営に従事せるものある以上は、当然日本領土に編入すべきものなりとの説を聞き、勇躍奮起、遂に意を決して、リャンコ島領土編入並に貸下願を内務外務農商務三大臣に提出するに至れり。(後略)」と肝付水路部長の発言が中井養三郎の行動に影響を与えたことがうかがえる。
肝付はこの年、海軍水路部長から海軍大学校長に転勤している。肝付は海軍省水路局の2代目及び4代目の水路部長であるが、第30代目は外務省に勤務し竹島に関する著書を多く残された川上健三氏の弟川上喜代四氏である。
その間に数多くの水路部長が交代するが、島根県竹島資料室には大正期の米村末喜のもとで測量した海図「地蔵埼至隠岐列島」、昭和期に入って上村茂夫の責任発行の海図「竹辺湾至水源端」、小野弥一の海図「日本海西部」、太田垣富三郎の海図「出雲海岸」等が複製して所蔵されている。
水路部の海図は、関東大震災で原版をすべて焼失した。これを知った肝付家遺族は肝付水路部長が退職記念にもらった海図一式609版を水路部に寄贈され、そのおかげで復版がなったという。なお、冒頭に書いた肝付兼行の書には、「務其方以高其節兼行」と中国の『漢書』の一節が書かれている。「それぞれの技術、方法を身につけるように努力してその道、その本質を高める」といった意味であろうか。
また、最近『水路部八十年の歴史』(昭和27年7月水路部創設八十周年記念事業後援会刊)、『水路要報』(水路部創立90周年記念号昭和36年7月海上保安庁刊)を閲覧する機会があり、友人や後輩からみた肝付兼行の幅広い人柄等を知ることが出来た。
なお、『水路部八十年の歴史』及び『水路要報』については、兵庫県西宮市在住の海洋測量士・清水三四郎氏にお世話になった。
(写真1)肝付兼行の肖像(「水路部八十年の歴史」より)
(写真2)「明治十二年九月発行水路雑誌第十九号」より
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