島根県感染症発生動向調査2000年報：ウイルス検査情報

　感染症発生動向調査事業にともなう感染症流行とその病原体の確認調査のために、平成12年1月から12月の間に県下の小児科医院・病院の6定点（東部 3、中部 1、西部 1、隠岐 1）で採取された13疾患群 3,009検体の患者材料を取り扱った。これらの患者材料は県下の流行状況を反映しているものであり、年間を通じて最も多くみられた咽頭炎を中心に、インフルエンザ、扁桃炎、熱性疾患、ヘルパンギーナ、無菌性髄膜炎、咽頭結膜熱および下痢症などについてウイルスの検索をおこなった。

　分離されたウイルスは表17に示すように34種類（血清型）807株であった。
　以下に代表的な疾患群とウイルスについてあげる。
咽頭炎は最も多数の検体（1,029検体）を取扱い多種類のアデノウイルス、コクサッキーＡ群、Ｂ群ウイルス、エコーウイルス、単純ヘルペスウイルス、インフルエンザウイルス等の25血清型（種類）の256株が分離された。
　アデノウイルスでは7種類が分離され、全アデノウイルス分離数102株中62株が咽頭炎に由来している。このうち昨年と同様に2型が最も多く、次いで1型、5型、3型が多く、1994年より全国的に流行している 7型は3株にとどまった。また、稀にみられる37型が2株含まれている　。
　コクサッキーＡ群は7種類129株中Ａ10型、Ａ4型を中心に6種類64株が咽頭炎に由来していた。
　コクサッキーＢ群ではＢ3型、Ｂ5型が分離され、特にＢ5型は71株中55株が咽頭炎に由来していた。
　エコーウイルスでは4種類48株の中エコー3型（11株）、エコー18型（8株）を中心に26株が咽頭炎から分離されている。
　インフルエンザウイルスはＡソ連型（H1N1）、Ａ香港型（H3N2）が流行したが、咽頭炎からは11％に相当する31株（H1N1：14株、H3N2：17株）が分離されている。
　インフルエンザ（疑いを含む）は801検体中232株が分離され、Ａ香港型（H3N2）125、Ａソ連型（H1N1）95株が多く、その他にアデノウイルス（1型、2型、5型、6型）が7株流行初期、後期のインフルエンザから、また、単純ヘルペスが2株分離された。
　咽頭結膜熱は25検体から8株が分離され、そのうちアデノウイルス1型、2型、3型、5型がそれぞれ1株であった。
耳下腺炎からは33検体から12株が分離され、そのうち11株がムンプスウイルスであった。
　手足口病は195検体から79株が分離され、流行の前半（7、8月）はコクサッキーＡ10型、Ａ4型、Ａ 5型、Ａ6型が分離され、8月以降はエンテロ71型が分離された。もう一つの手足口病の主要ウイルスであるコクサッキーＡ16型は11月に隠岐の患者から1株分離されている。　
　ヘルパンギーナは小規模な流行にとどまったことから、58検体の材料を取り扱い、そのうち34株が分離され、コクサッキーＡ10型 14株、Ａ4型7株、Ａ6型 3株及びコクサッキーＢ5型が3株であった。
熱性疾患は咽頭炎に次いで多種類のウイルスが分離され、170検体から14種類29株のウイルスが分離され、それらのウイルスの構成頻度は咽頭炎と同じ傾向にあった。
嘔吐下痢症からは171検体より55株が検出され、そのうち小型球形ウイルス（SRSV）20例、Ａ群ロタウイルス20例、エンテリックアデの4例及びＣ群ロタウイルスが1例から検出された。
　単純ヘルペスウイルスはヘルペス感染症以外に咽頭炎からも多数分離されている。

　年間を通してみると例年のように冬期はインフルエンザウイルス、4月～8月にコクサッキーＢ群、7月～1 0月にコクサッキーＡ群ウイルスが検出されたが、近年の特徴の一つとなっているコクサッキーＢ群、エコーウイルス等のエンテロウイルスが秋から冬にかけても咽頭炎、熱性疾患、発疹症等多彩な疾患の原因として分離されている。
　以下に代表的なウイルスについて月別にあげる。
　アデノウイルスは1型、2型、3型、5型ウイルスが1、6、12月に若干多いが、年間を通して分離される傾向にあった。
　コクサッキーＡ群は6種類が分離されている。まずヘルパンギーナ、咽頭炎、手足口病に関連するＡ4型が3 月～9月、Ａ10型が7月～11月の間に時期をずらしながら分離さ、また、この間に昨年も流行したＡ2型、Ａ5型、Ａ6型が散発的に分離されている。
　コクサッキーＢ群ではＢ5型が3月～8月の間に流行がみられ、70株が分離されている。一方、Ｂ3型は後半、ことに12月に4株が咽頭炎、熱性疾患から分離されている。
　インフルエンザウイルスはＡ香港型が前年の12月から流行が始まり、1月を中心に2月まで、Aソ連型はやや遅れた1月上旬より3月まで流行した。
　下痢症関連ウイルスではエンテリックアデノウイルスの検出時期に季節性はみられなかったが、ロタウイルスは2月～5月までの下痢症流行後期に検出された。
　一方、ＳＲＳＶは下痢症流行の初期の1月と次の流行初期（11～12月）に検出された。

　検査材料の適切な採取が感染症の病原体診断のために重要な要素である。一般に呼吸器系感染症は咽頭拭い液を主体に糞便を補助的に加え、胃腸炎症状は糞便、髄膜炎症状では脊髄液、咽頭拭い液、糞便、そして水疱を伴う発疹症は水疱液、咽頭拭い液、糞便、眼疾患では結膜拭い液、咽頭拭い液等の材料の採取と、それらからのウイルス分離が行われている。
以下に材料別のウイルス分離頻度を示す。
　咽頭拭い液あるいはうがい液はかならずしも分離率は高くないが、最も多種類のウイルスが分離され、胃腸炎症状以外の疾患のウイルス検索には一義的採取される材料であり、さらに症状に合わせて脊髄液、水疱内溶液、結膜拭い液等の採取によって分離率を高めることが適当と考えられる。
　また、今回眼症状を伴うアデノウイルス感染症の主要疾患である咽頭結膜熱、流行性角結膜炎等の眼脂、結膜拭い液からの分離率はかならずしも高くない。これはウイルス増殖の過程でインフルエンザ、エンテロウイルス感染症のように、ウイルスが感染細胞外へ放出されにくく細胞内にとどまることから、材料採取に当たっては感染細胞が採取できる程度に強く拭うことも必要かと思われる。

　分離されたウイルス毎の分離時期と侵入地、地域間の波及の方向をみるため、大きく流行した代表的なウイルスについて表20に示した。
　これによると流行時期は県の東西によって異なり、これまでと同様他県あるいは隣接地域からの侵入経路と波及時期を反映している。
　コクサッキーＡ群のうちＡ4は東部地区で3月下旬から始まり大きく流行したが、西部では5月中旬、中部では8月中旬より単発、散発的な発生にとどまった。
　Ａ10型は中部で6月上旬から手足口病、ヘルパンギーナから分離されはじめ、6月中旬には東部、下旬から西部でも流行し、11月下旬まで分離されている。
　コクサッキーＢ5型は3月下旬に隠岐、次いで中、西部で分離されるようになったが単発的な発生にとどまった。一方、東部では他地区より遅れ4月中旬から分離されるようになり、同地区では5月上旬より7月下旬まで大きく流行がみられた。
　手足口病の原因となったエンテロウイルス71型は6月下旬に中部で分離されるようになり、7月中旬には東部、8月下旬からは西部でも分離され、12月中、下旬まで手足口病の流行の原因となったが、隠岐ではエンテロウイルス71型の流行はみられず、11月に手足口病からコクサッキーＡ16型が1例分離されている。
インフルエンザウイルスではＡ香港型が前年の1999年12月より流行が始まったため、2000年の1月上旬には各地区からウイルスが分離され、2月下旬まで流行した。　　
Ａソ連型は1月上旬に東部、隠岐で始まり、1月中旬には中・西部でも流行が始まり、4月上旬に終息した。

　感染症サーベイランスが開始されて以来、当所で分離された主なウイルスを表21に示す。
　アデノウイルスでは1、2、3、5型は増減があるものの、この間、毎年分離されているウイルスである。
　アデノウイルス4型は1982年～1988年及び1991年～1993年の間のみ分離され、流行の周期性があるかもしれない。
　アデノウイルス6型の頻度は高くないものの、断続的に咽頭炎から分離されている。アデノ7型は1993年（1982年以前を含め）までは県内での分離例はなかったが
1994年より分離されるようになった。これは全国的な傾向として認められている。
　コクサッキーＡ群ウイルスは11種類（血清型）が分離され、一定間隔で高頻度に分離されるＡ2、4、5、 6、10および16型と、稀に分離されるＡ3、8、12、14型に分類される。
　コクサッキーＢ群ウイルスでは1型～5型が分離されており、それぞれのウイルスは1、2年の多発期と1～ 3年の非流行期がみられている。
　エコーウイルスは14種類が分離されているが、他のエンテロウイルスに比べ流行間隔が長いのが特徴のである。
　エンテロ71型ウイルスは手足口病の原因として2～3年周期で流行、分離されている。同様に手足口病の主要ウイルスとなるコクサッキーＡ16型ウイルスの流行時期と相前後した時期に流行している。
　ポリオウイルスは年間3～30株が分離されているが、いずれも生ワクチン投与後の一定期間に限られている。
　エンテリックアデノ、　Ａ群ロタ、Ｃ群ロタ、ＳＲＳＶ、アストロウイルスは下痢症起因ウイルスとして検出されたものであり、Ａ群ロタは1984年より検査を開始したが、検査開始当初の検出率は50％以上であった。しかし、最近は検出率、検出数ともに低率となっている。これには流行周期の存在も考慮する必要があるかもしれないが、迅速診断キットが普及し、医療機関で使用することが多くなり、ロタウイルスが除外された検体が多くなっているためかもしれない。
　また、ＳＲＳＶ、アストロウイルスはそれぞれ1995年あるいは1997年より一部の材料について実施した結果であり、必ずしも流行を反映しているものではないかもしれない。しかし、ロタウイルスとSRSVの流行は短い期間の間でも相前後して流行がみられている。
　風疹ウイルスは1988年以降空白となっている、これは風疹ウイルスに感受性の高い培養細胞の入手が困難となったことによる。
　表22に代表的な疾患から分離（検出）されたウイルスを示します。これらにはそれぞれの疾患の主要な原因ウイルスとなるウイルスと、必ずしも原因ウイルスではなくても、その時々に流行していたウイルスが付随的に分離されたものも含まれている。