実事求是〜日韓のトゲ、竹島問題を考える〜
第7回
漢文的表現としての「此州」
韓国では政権が交代し、歴史学界にも地殻変動が起こっている。それは過去の歴史を現在の感情で研究することからの解放を求める動きで、歴史問題を政治的に利用した盧武鉉大統領の退陣前から始まった。この歴史再検討の潮流は、歴史事実よりも歴史認識を優先した従来の韓国側の竹島研究にも、及んでほしいものである。
その一つとして、齋藤豊仙の『隠州視聴合記』(「国代記」)に記された「此州」に対する解釈がある。韓国側では、「此二島無人之地、見高麗如自雲州望隠州、然則日本之乾地、以此州為限矣」(この二島(竹島と欝陵島)は無人の地で、高麗が見えることは、雲州(出雲)から隠州(隠岐島)を望むのと同じである。であるから日本の乾の地は、(高麗が見える)「此州」を限りとする)の「此州」を隠州と解釈し、『隠州視聴合記』も欝陵島と竹島を韓国領としていた、証拠としてきた。韓国側では「此州」を隠州と解釈したのである。
だが漢文を読む際は、漢文特有の読み方があることを忘れてはならない。それは『説文解字』に「水中居るべきを州と曰う」とあるように、「州」には島の意味があるからだ。現に宋の徐兢は、『高麗図経』で「海中の地の如く、以って聚落を合すべきものは則ち洲という。十洲の類これなり。洲より小さくして居るべきは則ち島と曰う」とし、朱駿聲の『説文通訓定聲』では、州を「亦洲に作る」としている。漢文的表現では、聚落をなすほどのものを州(洲)とし、それより小さなものを島と言うのである。そのため李■(めへんに卒)光は、『芝峰類説』で「日本一州を一国となす」とし、李■(さんずいに翼)も『星湖□(人偏に塞)説』で欝陵島を「一州」と表現したのである。漢文では州と洲が通じ、州には島の意味があったからである。
だが韓国側の竹島研究に大きな影響を与えてきた慎■(かねへんに庸)廈氏は、漢文読解の伝統を無視し、『独島の領有権に対する日本主張批判』、『韓国と日本の独島領有権論争』、『韓国の独島領有権研究』等では、根拠も示さずに「此州」を隠州として、次のように解釈している。
「日本の西北の国境を、隠州を限界と見なすと明白に規定し」、「独島が韓国領土であることに対して明確に証明している」。
漢文で書かれた『隠州視聴合記』の「国代記」には、慎■(かねへんに庸)廈氏が解釈したような記述はない。齋藤豊仙が「此州」を限りとした時、その条件とされたのは、「此州」から高麗(朝鮮)が「見える」ことで、隠岐島からは、朝鮮は望めないからである。慎■(かねへんに庸)廈氏の竹島研究は、竹島を韓国領とする前提で文献を解釈しており、史料操作が不十分なのである。
これに対し、李■(さんずいに翼)が安龍福の密航事件を契機に「累世の争いを息め、一州(欝陵島)の土を復す」とし、齋藤豊仙が欝陵島を「此州」としたのは、漢文の素養があったからである。それを慎■(かねへんに庸)廈氏は、「此州」を隠州と解釈した。これと同じことは、韓国側に大きな影響を与えた池内敏氏の研究にも言える。池内氏は、「此州」の用例を『隠州視聴合記』全体で調べ、州は隠州であるとした。これなどは漢文の素養があれば、無縁の研究手法である。
この現状は、深刻である。漢文が読めていない慎■(かねへんに庸)廈氏等の竹島研究が権威とされ、ネット上では、独島守備隊や朴炳渉氏の半月城通信がそれを政治的なプロパガンダに使っているからである。日韓の竹島研究にも、地殻変動が必要な理由がここにある。
(下條正男)
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