島根県感染症発生動向調査2002年報：病原微生物検出情報：ウイルス

　感染症発生動向調査事業にともなう感染症流行とその病原体の確認調査のために，平成14年１月から12月の間に県下の小児科医院・病院の６定点（東部３，中部１，西部１，隠岐１）で採取された13疾患群2553検体の患者材料を取り扱った。これらの患者材料は県下の小児を中心とした感染症の流行状況を反映しているものであり、年間を通じて最も多くみられた咽頭炎を中心に、インフルエンザ、感染性胃腸炎、手足口病、咽頭結膜熱、ヘルパンギーナ、無菌性髄膜炎、などについてウイルスの検索をおこなった。

　分離されたウイルスは表17に示すように32種類（血清型）890株であった。
　以下に代表的な疾患群とウイルスについてあげる。
咽頭炎：最も多数の検体（685検体）を取扱い多種類のアデノウイルス、コクサッキーＡ群、Ｂ群ウイルス、エコーウイルス、単純ヘルペスウイルス、インフルエンザウイルス等の23血清型（種類）の188株が分離された。
　アデノウイルスでは６種類が分離され、全アデノウイルス分離数140株中63株が咽頭炎に由来している。このうち１型が最も多く，次いで２型が多く分離されている。
　コクサッキーＡ群は６種類137株中Ａ４型、Ａ５型を中心に24株が咽頭炎に由来していた。
　コクサッキーＢ群ではＢ２型、Ｂ４型が分離され、72株中28株が咽頭炎に由来していた。
　エコーウイルスでは６種類164株のうち、過去20年間で初めて分離されたエコー13型（31株）を中心に38株が咽頭炎から分離されている。
　インフルエンザウイルスはＡソ連型（H1N1）、Ａ香港型（H3N2）、Ｂ型が流行したが、咽頭炎からは15.8％に相当する 30株（H1N1：14株、H3N2：14株、B型２株）が分離されている。
インフルエンザ（疑いを含む）：467検体中15種類178株のウイルスが分離され、その中でインフルエンザウイルスＡソ連型（H1N1）91株、Ａ香港型（H3N2）22株、Ｂ型35株、が分離された。その他にアデノウイルス（１、２、３、５、６、７型）の19株が分離された。
咽頭結膜熱：105検体から29株が分離された。主なウイルスはアデノウイルス２型、３型とエコー13型であった。
耳下腺炎：26検体から11株のムンプスウイルスが分離された。
手足口病：140検体から73株が分離され、流行あった３月～６月を中心にコクサッキーＡ16型が主に分離された。
ヘルパンギーナ：比較的流行が小規模であったことから77検体と例年に比べ検査材料が少なかった。そのうち44株が分離され、コクサッキーＡ４型が23株と最も多く、次いでコクサッキーＢ４型が９株となっている。
無菌性髄膜炎：120検体から61株が分離された。エコー13型ウイルスの流行により無菌性髄膜炎から分離されたウイルスの 66％がこのウイルスであった。他のウイルスでは、エコー18型、６型、コクサッキーＢ２型、４型およびムンプスウイルスが２株分離された。
感染性胃腸炎：375検体より189株分離され、そのうちノーウォークウイルス（ＮＶ：小型球形ウイルス、ＳＲＳＶ）78例、Ａ群ロタウイルス54例、エンテリックアデノ９例の他にエコー13型などが検出された。

　年間を通してみると例年のように冬期はインフルエンザウイルス，４月～10月にコクサッキーＡ群、６月～11月にコクサッキーＢ群およびエコーウイルスが検出されたが，今年も近年の特徴の一つとなっているコクサッキーＢ群，エコーウイルス等のエンテロウイルスが秋から冬にかけても咽頭炎，手足口病、ヘルパンギーナ、感染性胃腸炎、発疹症等多彩な疾患の原因として分離されている。
　以下に代表的なウイルスについて月別にあげる。
アデノウイルス：は１、２、３、５、６型ウイルスが若干の増減はあるが、年間を通して分離される傾向にあった。
コクサッキーＡ群ウイルス：は６種類が分離されている。ヘルパンギーナ，咽頭炎，手足口病に関連するＡ４型が４月～９月，Ａ５型が８月～11月の間に時期をずらしながら分離された。また、Ａ16型が手足口病の病原として１月～９月まで分離されている。
コクサッキーＢ群ウイルス：ではＢ４型が４月～９月の間に流行がみられ、Ｂ２型が７月～12月まで分離されている。
エコーウイルス：13型が６月から７月をピークとして３月から９月まで分離された。13型は無菌性髄膜炎を始め、咽頭炎、発疹症、感染性胃腸炎など多様な疾患から分離され、大流行となった。その他では、18型が６月から12月まで、30型が６月から８月まで分離されている。
インフルエンザウイルス：２月を中心として１月から３月までＡソ連型が分離され、入れ替わるようにＡ香港型とＢ型の分離株数が増加した。Ｂ型は１月から６月までの長期間流行した。
下痢症関連ウイルス：ＮＶ（ＳＲＳＶ）は感染性胃腸炎の流行の前期の１月～3月と10月～12月に主な原因として検出された。一方、Ａ群ロタウイルスは３月～５月の下痢症流行後期に主に検出された。エンテリックアデノウイルスの検出時期に季節性はみられなかった。

　検査材料の適切な採取が感染症の病原体診断のために重要な要素である。一般に呼吸器系感染症は咽頭拭い液を主体に糞便を補助的に加え、胃腸炎症状は糞便、髄膜炎症状では脊髄液、咽頭拭い液、糞便、そして水疱を伴う発疹症は水疱液、咽頭拭い液、糞便、眼疾患では結膜拭い液、咽頭拭い液等の材料の採取と、それらからのウイルス分離が行われている。
以下に材料別のウイルス分離頻度を示す。
　咽頭拭い液及びうがい液はかならずしも分離率は高くないが、最も多種類のウイルスが分離され、胃腸炎症状以外の疾患のウイルス検索には、まず一義的に採取検討される材料であり、さらに症状に合わせて脊髄液、水疱内溶液、結膜拭い液等の採取によって分離率を高めることが適当と考えられる。
　また、眼症状を伴うアデノウイルス感染症の主要疾患である咽頭結膜熱、流行性角結膜炎等の眼脂、結膜拭い液からの分離率はかならずしも高くない。これはウイルス増殖の過程でインフルエンザ、エンテロウイルス感染症のように、ウイルスが感染細胞外へ放出されにくく細胞内にとどまることから、材料採取に当たっては感染細胞が採取できる程度に強く拭うことも必要かと思われる。

　分離されたウイルス毎の分離時期と侵入地、地域間の波及の方向をみるため，大きく流行した代表的なウイルスについて表20に示した。これによると流行時期は県の東西によって異なり，これまでと同様他県あるいは隣接地域からの侵入経路と波及方向を反映している。
コクサッキーＡ群ウイルス：Ａ４型は中部地区で４月上旬から始まり６月以降は散発的になったが、西部と東部では５月上旬から散発的に分離され始め、６月下旬から７月にかけて流行がみられた。手足口病の原因ウイルスであるＡ16型は東部と中部で１月から７月にかけて分離されたが、西部では散発的な分離にとどまった。
コクサッキーＢ群ウイルス：Ｂ４型は４月上旬から東部で分離され始め、９月中旬まで分離が続いたが、中部では東部より遅く７月上旬から９月中旬まで分離された。西部では単発的な分離であった。Ｂ２型はＢ４型に入れ替わるように東部で７月上旬から分離られ始め、中部では８月下旬から、西部では８月上旬から分離されるようになっている。
エコーウイルス：無菌性髄膜炎、咽頭炎、感染性胃腸炎、ヘルパンギーナ等の多彩な疾患の原因となった13型ウイルスは、３月上旬に中部で単発的に分離されたのを始まりとして、４月上旬からは東部で分離され始め、西部では５月下旬から分離されるようになった。その後各地域とも８月下旬には分離数が減少し、９月下旬に中部から分離されたのを最後に分離されなくなった。18型ウイルスは東部で３月上旬から12月まで散発的に分離が続いていたが、８月下旬になって西部から、９月中旬になって中部から分離されるようになり、10月にかけて主に分離された。
インフルエンザウイルス：Ａソ連型が各地区とも１月上旬に分離されるようになり、３月下旬まで分離された。Ａ香港型は１月中旬に東部で散発的に始まり、２月上旬には西部、そして３月中旬には中部に波及し、主に４月下旬まで散発的な流行となった。Ｂ型は１月上旬に東部で分離されたがその後流行せず、２月上旬に西部で、２月下旬に東部と中部で分離され始め、Ａソ連型と入れ替わるように流行し始めた。その後、東部では５月下旬まで、西部では６月下旬までの長期間分離された。

　感染症サーベイランスが開始されて以来、当所で分離された主なウイルスを表21に示す。
デノウイルス：１、２、３、５型は増減があるものの、この間、毎年分離されている。アデノウイルス４型は1982年～ 1988年及び1991年～1993年の間のみ分離され、その後分離されていない。アデノウイルス６型の頻度は高くないものの、断続的に咽頭炎から分離されている。アデノウイルス７型は1993年（1982年以前を含め）まで県内での分離例はなかったが、1994年より分離されるようになった。これは全国的な傾向として認められている。アデノウイルス８、11型はこの間の分離状況からみて比較的短い間隔の周期性があるかもしれない。
コクサッキーＡ群ウイルス：11種類（血清型）が分離され、一定間隔で高頻度に分離されるＡ２、４、５、６、10および16型と、稀に分離されるＡ３、８、12、14型に分類される。
コクサッキーＢ群ウイルス：１型～５型が分離されており、それぞれのウイルスは１、２年の多発期と１～３年の非流行期がみられている。
エコーウイルス：15種類が分離されているが、他のエンテロウイルスに比べ流行間隔が長いのが特徴のようである。13 型ウイルスは過去20年間で初めて分離され、大流行となった。エンテロ71型ウイルス：手足口病の原因として２～３年周期で流行、分離されている。同様に手足口病の主要ウイルスとなるコクサッキーＡ16型ウイルスの流行時期と相前後した時期に流行している。ポリオウイルス：年間３～30株が分離されているが、いずれも感染性胃腸炎、咽頭炎、発疹症等の糞便、咽頭拭い液材料から生ワクチン投与後の一定期間に限られて分離されている。
下痢症起因ウイルス：Ａ群ロタは1984年より検査を開始したが、検査開始当初の検出率は50％以上であった。しかし、最近は検出率、検出数ともに低率となっている。これには流行周期の存在も考慮する必要があるかもしれないが、医療機関で迅速診断キット使用が普及し、ロタウイルスが除外された検体が多くなっていることも一因かもしれない。また、アストロウイルスはそれぞれ1995年あるいは1997年より一部の材料について実施した結果であり、必ずしも流行を反映しているものではないかもしれない。ＮＶ（ＳＲＳＶ）は、ＰＣＲ法のプライマーの選択・改良により、検出数が増加している。
風疹ウイルス：1988年以降空白となっている。これは風疹ウイルスに感受性の高い培養細胞の入手が困難となったことにより、分離培養ができなくなったことによる。

　表22に1982年～2002年までに代表的な疾患から分離（検出）されたウイルスを示す。これらにはそれぞれの疾患の主要な原因ウイルスとなるウイルスと、必ずしも原因ウイルスではなくても、その時々に流行していたウイルスが付随的に分離されたものも含まれている。