映画「守ってあげたい!」撮影現場
映画「守ってあげたい!」撮影現場
島根のよさをあらためて実感

澄田 きょうは平田市の塩津小学校での実話をモデルにした、映画「白い船」(仮称)の製作準備で帰県されていると聞いております。私も映画が大好きですので、お目にかかるのを楽しみにしていました。監督は平田市のご出身ですね。
錦織 はい。平田ではいい青春時代を過ごすことができました。高校時代は演劇部に入っていましたが、夜遅くまでやって先生にしかられたりした思い出があります。いわゆる「のぼせもん」ですね(笑)。
 若いころは平田には何もないと思っていましたが、この年になって仕事で時々帰ってきたりすると、いろいろな伝統文化があるもんだと、認識を新たにしています。
澄田 おいしいお菓子もあるし、切妻造りの家並みも独特。陶器で作る一式飾りも見事なものですね。昨年のゴールデンウイークに家族で久しぶりに鰐淵寺に行きましたが、素晴らしい新緑でした。茶畑がある唐川あたりの農村風景も実に美しく、しかもゴミひとつ落ちていない。
錦織 本当にきれいなんですよね。実は高校時代の恩師が鰐淵寺の奥さんなんですが、「守るのは大変だ。」と、この間も言っておられました。自動販売機1つ置いてありませんからね。ご苦労も多いと思いますが、それだからこそ美しさが保たれているのでしょう。

しまね映画祭がきっかけ

錦織 ところで、知事も大の映画好きとおっしゃいましたが。
澄田 そうなんですよ。最近では「鉄道員(ぽっぽや)」を3度も見て、柄にもなく涙ぐみました。映画を初めて見たのは小学校時代で、全校生徒が講堂に集まって見たものです。それから、私が生まれ育った出雲市の今市には、当時、南座、中座、北座という3つの劇場があって、そこにもよく行きました。
錦織 そんなにあったんですか。
澄田 ええ。映画館というよりも畳敷きの昔風の劇場です。東京の大学時代も映画館にはよく出かけましたね。西部劇では手に汗握り、黒澤映画には感激しました。小津安二郎の世界も大好きでしたね。映画は私の人生やものの考え方に大きな影響を及ぼしたと思いますし、何よりも理屈抜きで楽しかった。私の青春そのものです。恵比寿駅の近くの映画館では、フランス映画5本立てというのがあって、「天井桟敷の人々」とか「赤と黒」「花咲ける騎士道」などがぶっ通しでかかっていて、1日中見たこともあります。
錦織 豪華ラインナップですね。島根では「しまね映画祭」を続けておられますが、東京でもなかなか見ることができない映画の上映を、市民レベルで取り組んでおられる。文化的な意識が非常に高いですね。映画館のない地域では、映画本来のスクリーンで最新映画を上映し、映画館のある地域では普段観賞する機会の少ない国内外の秀作、異色作を上映する。各市町村が自由に取り組みながらひとつの映画祭にしていく。こういう仕組みは他にはないと思いますよ。
澄田 ええ、他県ではみられないと思います。しまね映画祭は平成4年にスタートし、関係者の皆さんのご努力でずっと続いていますが、昨年は24市町村で行われました。今回の「白い船」製作のアイデアも、このしまね映画祭にゲストでお出になったのがきっかけだと聞いていますが。
錦織 おっしゃるとおりです。頓原町と美保関町の会場に呼んでいただいて、帰りに平田市に立ち寄ったのですが、そのときに塩津小学校の子どもたちと日本海沖を走るフェリーの船員さんとの交流の話を耳にしたんです。あっ、これは映画化できるんじゃないか、とピンときました。映画化を決意してから各方面に製作協力を依頼したので すが、とんとん拍子に話が進んで、しまね映画祭10周年事業として製作協力をいただくことになりました。島根県、そして平田市にも力強いバックアップをいただいています。

「れいんぼうらぶ」
「れいんぼうらぶ」

子どもも大人も純粋な気持ちで心を通わせた

塩津小学校
塩津小学校
錦織 実は以前から、もう少し年を重ねたら島根を1度撮ってみたい、島根が持っている独特の雰囲気を映画にしてみたいという思いを温めていたんです。今の時代は便利さを追求してここまできたわけですが、21世紀はゆったりした時間を見直す時代になるのではないか。そんな価値観みたいなものが今の島根にはすごく残っている。そういう部分を「白い船」で出せればいいと思っています。
澄田 「白い船」は、監督の生まれ故郷の平田が舞台ですが、なかなか面白い話 ですね。沖合いを通るフェリーは、かつての北前船みたいな感じでしょうか。
錦織 九州と越後の新潟を結んでいる九越(きゅうえつ)フェリーの「れいんぼうらぶ」というんですが、ちょうど北前船の航路を通るそうです。まさかそんなところを豪華フェリーが通っているとは私ももちろん知りませんでしたし、県民の方もほとんどご存じないと思うんです。
澄田 それにまた、塩津小学校の子どもたちが「あれ、なんだろう」というようなことから、手紙やファクスのやりとりなどの交流が始まったというのもなかなかいい話ですね。
錦織 先生方が子どもたちの発見をストレートに受け止めて、夢を現実につなげていったというところがすごくいいな、と思いました。沖合いを通る船を見つけたというだけの何でもない話なんですが。
澄田 何かすごいドラマがあるわけではないんですよね。
錦織 はい、何も起こりません。ただ、フェリーの船長さんたちも、子どもたちの純粋な気持ちに真面目にこたえられた。先生や船員さんたち、周りの大人たちもすごく純粋だったんですね。だから、これは大人の映画でもあると思います。
 この話を東京でしたら、「監督、それ何年前の話」って聞かれたんですよ。みんな30年くらい前の話だと思ったらしくて。それくらい過去の話だと思えるものが、そしてこれからの時代にとても大切になるものが島根にはまだあるんです。
澄田 「1周遅れのトップランナー」ということでしょうか。
錦織 そのとおりだと思います。このフェリーは、博多から新潟まで20時間半もかかるそうです。そんなにかかって不便だというイメージがあるのですが、乗客のトラックドライバーの人たちにとっては、とても便利な乗り物なんです。この船を大事に思い、そのなかでの出会いを大切にしている、と船長さんはおっしゃっていました。そういう価値観が、島根半島の突端にあるちっちゃい小学校で懸命に生きている子どもたちの純粋な気持ちと一致したのではないかと私は思っています。
澄田 それは本当に素晴らしいことですね。

平成10年8月に九越フェリーの「れいんぼうらぶ」に乗船し、船内を見学する塩津小学校の児童たち
平成10年8月に九越フェリーの「れいんぼうらぶ」に乗船し、
船内を見学する塩津小学校の児童たち

[ TopPage / NextPage ]