シマネスク55号
風物詩、さくら
 光に春を感じたら、心中眠っていた虫も蠢(うごめ)きだす。なにはさておき桜のもとへ駆けていこう。そうして蕾(つぼみ)を仰ぎ、うなずくのだ。もうすぐ冬を耐えたご褒美(ほうび)がもらえると。
 開花を待ちに待つ。いいことがありそうな予感に浮き立ち、そわそわする。芽吹きの力強さが、散り際の潔さが好き? なにより、うららかな季節を運びくる花だからよい。 ほころぶ前の蕾さえ、あたりを淡い紅色の紗(しゃ)でおおうように染める。数の魔力といおうか。やがて桜は万朶(ばんだ)の花を抱き、山にたなびく霞(かすみ)、里に浮かぶ雲となっていく。
 島根の桜……。隠岐の島(おきのしま)町では世間桜(よのなかざくら)が枝をくねらせ踏ん張り立つ。昔は、その咲き具合で稲の実りが占われたそうな。石見(いわみ)の三隅町(みすみちょう)には大平桜(おおびらざくら)。小山のような老巨木の満開には、四の五の言わせぬ凄みがある。奥出雲、雲南市(うんなんし)の川堤は花の隧道(トンネル)に。墨色をほのかに含む、艶(なま)めかしい夜桜のなか、そぞろ歩いてみようかしらん。
 さまざまのこと思ひ出す桜かな、と詠んだのは芭蕉だった。今年の花で、どんな記憶がよみがえり、新たな物語が生まれるのやら。
文/ 伊藤 ユキ子
紀行作家。出雲市出身。RKB毎日放送アナウンサー、英国遊学を経て文筆活動に入る。主な著書は『紀行・アラン島のセーター』『台湾茶話』『古事記の原風景』など。『紀行・お茶の時間』では第7回JTB紀行文学大賞を受賞した。出雲に帰郷して以降、「田舎には都会にないものがいっぱいある」との視点で情報発信を試みている。
絵/ 小西 優子
イラストレーター。松江市出身。県内外のさまざまな広告媒体で活動中。平成12年、島根広告協会クリエイター賞受賞。現在松江市内のデザイン事務所に勤務。
特集 知事対談 私と島根 美味お国自慢 しまね旅倶楽部 U・Iターン便り
しまねに輝く企業 エッセイ グラントワ&県立美術館ガイド しまね「旬の情報」 トップページに戻る  
Copyright (C) 2005 Shimane Pref. All Right Reserved