知事対談 「小説の舞台、島根を語る」

澄田知事と夏樹さん
 
参道に並ぶ約1000本の鳥居が朱色のトンネルを成す太鼓谷稲成神社(津和野町)
知事 私も読ませていただきまして、当時の時代背景や、森おう外、島村抱月などいろいろな人物の登場も非常に面白く興味を引かれました。特に、益田市出身の活弁士・徳川夢声が青年として登場し、恋をするところが新鮮で面白かったです。そういった人たちが伊沢蘭奢にいろいろな影響を及ぼした。また、津和野の風景や古い町のたたずまい、人間関係などが生き生きと書かれていて非常に感激しました。旧家へ嫁いだ蘭奢が、女優になりたいという気持ちで雪の中を小郡の方へ峠を越えて出ていくところなど、当時の一般常識とはまったく別のもので、おそらく大変な思いで家を出たんだろうと…。
夏樹 もう2度と帰れないという気持ちだったでしょうね。彼女が嫁いで家を出た伊藤薬局の現在のご当主には取材でお目にかかり、今もお付き合いさせてもらっています。「女優X」は、佐久間良子さん主演で帝国劇場で舞台にもなりました。
知事 佐久間さんとは、上演される前に対談する機会がありました。自分が演じる主人公のお墓がある場合には必ず参るとおっしゃって、出雲阿国を演じられたときには出雲大社近くの阿国のお墓に、蘭奢のときも津和野のお墓へお参りされたそうです。
夏樹 私も蘭奢さんのお墓にお参りしました。おかげさまでこの本が出てから、お墓へ行く道など整備していただいたそうです。

男女共同参画社会の中で、
子育てモデル県を目指して


知事
 結婚されてから5年間は、お書きにならなかったとお聞きしています。
夏樹 主人とは大学時代に東京で知り合い、結婚後、主人が父親の会社を手伝うことになり福岡へ帰りました。実は、「結婚したら物を書かない」と主人と約束していたんです。
知事 ご主人の魅力が勝ったということですか。
 
JR津和野駅近くにある蘭奢の墓
夏樹 そういうわけでもないですけれど…(笑)。結婚した昭和38年ころは、女性は当たり前のように家庭に入るという感じでしたし、結婚すれば子どもができるから仕事は無理だろうと、私も本当に思っていました。ところが、自分の子どもとの出会いがものすごく新鮮で、主人との約束違反をしても書きたいと思ったんです。自分には赤ちゃんがいて外へ取材には行けないけれど、逆に、育児の現場ならミルクの匂いの残る手で書く者の方が、強いんじゃないかと…。結婚4年目に生まれた子を育てながらの「我が子と我が内なる母性との出会い」は、それほどめくるめくような感動でした。
知事 その話を若い女性に聞かせたいですね。
夏樹 確かに育児は大変だけれど、大変な期間は短くて、しかも子どものかわいい盛りです。子どもを持つことの充実感や喜びは持ってみないと分からないし、いっぱい発見があって、決して与えるだけではなく、子どもからたくさんのことを与えられるんです。
知事 私は子どもが4人いますが、子どもは抱きしめてかわいがって育ててやらなくてはと、妻が今でも言っていることを、お話を聞いて思い出しました。今、島根県でも男女共同参画社会に取り組んでいる一方、少子化も大変な問題になっています。1人の女性が子どもを産む合計特殊出生率は全国平均が1.33、島根県は1.6。沖縄県などに次いで全国で3番目に高い。しかし、これでも人口は減っていきます。また、核家族化が進み、共働きの世帯が増えていますから、子どもは社会全体で面倒を見なくてはならない。少子化問題と男女共同参画とをどういう具合にしたらいいのか、いろいろな議論をしながら方向性を見いだそうと思っていますが、先生のご意見をお聞かせいただけますか。
夏樹 出生率が島根県は高いわけですから、まずそこに鍵があるんじゃないでしょうか。
知事 島根は自然環境が非常にいい。そして、今でも三世代同居が非常に多く、孫の面倒を見てくれる。また、地域社会でお世話するという連帯感も強いかもしれません。
伊沢蘭奢
伊沢蘭奢(1889〜1928)
津和野町生まれ。29歳で意を決して離婚、上京。新劇女優として上山草人の近代劇教会から新劇協会へ参加し、活躍。松井須磨子亡き後の新劇を支えた。1928年「マダムX」でヒロインを演じ、喝采をあびたが同年満38才の若さで死去。
【写真提供/津和野町郷土館】
夏樹 今おっしゃったように、子どもを家族全体で、地域社会で育てるという意識が昔はどこにでもありましたが、今は全然望めなくなっています。逆に、なぜ女性が子どもを産まなくなったのかを考えますと、一つは仕事に就くようになったことです。これからの世の中、意識改革と制度改革だと思います。意識改革の一つは、子どもは夫婦で育てるという意識を徹底して、夫婦自身も、勤めている企業も持つことです。そして、大家族で暮らしているならみんなで育てることです。今のおじいちゃんおばあちゃんは若くて高学歴で興味の対象がいっぱいあり、自分で使えるお金があってエンジョイすることに熱心です。それ自体は素晴らしいことですが、自分の時間の何パーセントかを孫のために使ってほしいと思います。もう一つは、女性が責任ある仕事をするようになってきた一方で、「出産・育児と仕事が両立しないから仕事を辞めると2度と戻れない、だから辞めたくないから子どもが作れない」という構造をずいぶん見かけます。企業側も本気になって実質的に復帰できるシステムを作らなくてはと思います。子どもを産めば報償金を出す自治体もあると聞きましたが、 お金より時間や生きがいの方が大切です。また、昨年私はドイツのシュツットガルトに行き、世界的な自動車会社が、工場を作るのと同時にそこへ託児所も作ったことを知りました。ずいぶん昔の時代にですよ。
 
蘭奢が嫁いだ「伊藤薬局」はいまも当時の面影を残している
知事 なかなかの先見性ですね。島根にも社屋の中にかなりのスペースを託児所にした工場があり、社長さんが「大変だけれど、長い目で見れば結局会社のためにもなる」とおっしゃっていました。意識の問題や社会の仕組みは確かに大切です。産休のあと気楽に職場復帰ができ、しかも、女性と男性のどちらでも育児のための休みが取れ職場復帰が気兼ねなくできる社会システムと、それを支えるみんなの意識が大切です。島根は自然が豊かで環境もいいですから、保育所などを完備し、柔軟性のある対応ができるようにして、子育てをするなら島根が一番いいと言われるようにしたいと思っています。
夏樹 ぜひ、島根がモデル県になっていただきたいと思います。

環境問題への取り組み


知事 夏樹先生のこれからの抱負はいかがですか。
夏樹 ジャンル的にはミステリーとミステリーでないものとを交互に書いていきたいということと、現代における人間に関したテーマを追求する作品を書きたいと思っています。昨年は裁判官を主人公にした「量刑」を書き、裁判官とか裁判所というものの内面が少し分かりました。裁判を歴史的にもいろいろな角度から勉強して書ければと思っています。また、環境問題を何かの形で作品に取り入れたいと思っていますが、なかなかフィクションにするのは難しくて、まだ漠然と考えている段階です。
知事 確かに環境問題は非常に大きな課題です。島根は森林が県土の8割を占めるという点からも、緑豊かな自然環境を守らねばいけません。そのためには島根県だけではなく国際協力も必要で、そういった意味からも、韓国の慶尚北道、中国の吉林省と寧夏回族自治区、ロシアの沿海州と姉妹提携しております。慶尚北道とは酸性雨の問題などを共同研究。寧夏回族自治区は沙漠が非常に多くて黄砂の元になり、その地帯は水不足ですから、5ヶ年間の協定を結び、昨年は私も百何十人の県民と一緒に植林に出かけました。黄河のほとりに植林5周年を記念して建った石碑に、私は「志在千年」と書き、寧夏の主席は「造福万代」と書かれました。そういう交流もしております。島根にはまだまだ面白いところがいろいろありますから、またいつでもお出かけいただきたいと思います。
夏樹 今日はうれしゅうございました。またお目にかかれます機会を楽しみにしております。
知事 お忙しいところありがとうございました。今後ともご活躍をお祈りしております。
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