加藤タキ 知事対談

●島根県知事
 澄田信義
●コーディネーター
 加藤タキ

新たな男女の
パートナーシップに
向けて

澄田信義
加藤タキ
本名/黒川多喜子。コーディネーター。東京都出身。父は元国会議員の故・加藤勘十氏、母は社会運動家で元国会議員の加藤シヅエ氏。米国オレゴン州ポートランド・マルトノマjr.カレッジ卒業。帰国後、「ニューズウィーク誌」、「タイム・ライフ誌」などを経て、1975年独立。コーディネーターの草分け的な存在として、海外大物アーチストの起用に関して先駆的な役割を果たす。TV、講演、シンポジウムや、様々な委員等をこなし、著書も多数。夫は建築家の黒川雅之氏。島根県立女性総合センターあすてらすの客員講師。
澄田信義
島根県知事。島根県出雲市出身。東京大学法学部卒。和歌山県警察本部長、日本国有鉄道常務理事を経て、昭和62年より現職。現在4期目。

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宍道湖に浮かぶ嫁ヶ島。夕日の美しさは多くの人を魅了する。
美しく、温もりのあふれる島根
知事 ご主人の黒川雅之さんには、文化デザイン会議でいろいろご提言いただいたり、来待ストーンミュージアムについてもいいものを造っていただき喜んでおりますが、加藤先生は、島根においでになったことは。
加藤 私は先生じゃないので、タキさんと呼んでくださいね(笑)。私は講演で2回おじゃましていますし、2年ほど前、息子が「僕も島根に行ってみたい」と言いまして、松江城や出雲大社などへ行って3泊4日の夏休みを有効に楽しみました。また、仁多米のコシヒカリ、袖師焼の器、それから宍道湖のシジミや鴨鍋をいただいたりしており、今、かなり島根県に囲まれて生活しています。
知事 島根への思い入れを随分お持ちでありがたいことです。
加藤 島根県は美しく、温もりを感じますが、それがおそらく、そのまま残る県だと思っています。そのうえ、歴史とか文化遺産にも恵まれているから、島根をふるさとと思える方々は、東京人から見たらうらやましいです。
知事 そういう印象をお持ちだということはうれしいですね。島根県では現在、外国からの国際交流員や留学生、また、若い外国語指導助手の先生が、県内各地で小学生に英語を教えたり、その地域の伝統行事などに参加しますが、その人達が帰国するとき、私は「遣島使」という名前を贈り、いわば友好大使としての役目をお願いしています。その彼らが、どこへ行ってもとても親切にされたという話を必ずしてくれます。県民にゆとりがあるからでしょうが、それが島根の一番の良さかもわかりません。


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宍道町にある来待ストーンミュージアム
母が注いでくれたたくさんの愛情
知事 タキさんは、息子さんが学校から帰ってきたとき「お帰りなさい」と言ってやれるよう、ホームオフィスにされたということを聞きまして、いい話だと思いましたね。
加藤 42歳という高齢で子どもを産むと、望んで子育てしたいという気持ちがもうふつふつとわいてくるわけです。
知事 それが大切なことですね。わが家は4人子どもがいますが、末の息子が小さいころ、女房がサークル活動で外出する日に、たまたま中止になって家にいた。すると、帰宅した息子は自分の姿を見てうれしそうに飛びついてきたというんです。女房は、子どもが小さい間は帰ってくる時間に家にいてやらなくては、と感じたと言ってました。
加藤 私が小さいときは、政治家の家庭ということもあり、秘書の方達とか運転手さん、新聞記者の方など、大人がまわりにいっぱいいましたけれど、母の姿はなかった。でも、寂しいと思ったことはなかったんです。それは、おやつといっしょに、「最愛の娘多喜子へ」と、母は食卓に必ずメッセージを残してくれたからです。メモを通じて、私をちゃんと愛してくれているという心が伝わる。私はホームオフィスという形をとり、息子が1人のときは中一の今でも母が私にしてくれたのと同じようにメモとおやつを準備して出かけます。ちょっとしたことですけれども、彼は喜んでいるし、私も自分の行動に納得ができるんです。
知事 おっしゃるように、メッセージを紙に書いたり、愛情の発露のやり方はいろいろあると思いますが、基本的にはかわいがって、その子のために全力を尽くしてやるというのがいちばん大事なことですよね。
加藤 それが結局、子どもの自信になり自尊心につながり、普通に成長していくのだと思います。


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