◆私と島根◆
おおらかな風景と
園山氏

藤子不二雄A
(A) Fujio Fujiko

昭和9年、富山県生まれ。中学時代から故・藤本弘(藤子・F・不二雄)氏と二人で漫画の合作を始め、昭和27年『天使の玉ちゃん』でデビュー。富山新聞社を退職後、上京して漫画家の梁山泊「トキワ荘」に入居し、『オバケのQ太郎(合作)』等を発表。昭和63年に藤本弘氏とのコンビを解消して新たなスタートを切った。平成2年には、映画『少年時代』で日本アカデミー賞ほか数々の賞を受賞。また、プロデューサーとして、藤本真澄特別賞・山路ふみ子特別賞を受賞している。

藤子不二雄A

私は富山の出身だ。その私が何故島根と親しくなったか、というと、先年亡くなった園山俊二氏と知りあったからだ。
私は20歳の時、漫画家を志して上京した。
園山氏はその頃早稲田大学へいっていた。彼は早稲田大学で漫画研究部(略して漫研)をつくった。福池泡介氏や東海林さだお氏は園山氏の後輩で、やはり早稲田の漫研の出身だ。園山氏は大学を卒業し、ある会社へ勤めたが、初出勤の日、午前中しか会社にいなくて午後にはやめてしまった。その後、漫画家の道を進んだ。その頃私は園山氏と知りあいたちまち意気投合した。意気投合といっても、漫画のことではなく、飲んだり遊んだりすることでピッタリ意気があったのだ。
園山氏はとても二枚目のいいオトコだった。しかし、いったん口を開くとノンビリした出雲弁がでて、なんとなくしまらなくなってしまうのだ。私の方も富山弁がぬけなかったもので、その点に関しても彼にすごい親近感をもったのだ。島根の方にはいやがられるかもしれないが、出雲弁と富山弁とはアクセントに共通なものがあった。言葉だけではなく、園山氏のひととなりもとてもノンビリとおおらかだった。こまかいことには一切こだわらない。顔にはにあわず豪放なキャラクターの持ち主だった。まさに代表作である『ギャートルズ』の主人公と園山氏はそっくりだった。
知り合って10ン年たって、園山氏はトップ漫画家になった。彼の故郷の松江で個展を開くことになった。私に応援にきてくれという。勿論、喜んでOKした。初めて松江へいった。空港へ降りたって、まわりの風景を見た時、私は<ハハーン、なーるほど!>と一人で納得した。初めて見る島根の風景の、なんともいえない豊かなおおらかさが、園山俊二氏のキャラクターとそっくりだったからだ。

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