シマネスク58号

現代に生きる出雲神話・連載随筆 現代に生きる出雲神話
 
穏やかな暮らしが息づく出雲地方の山里 穏やかな暮らしが息づく出雲地方の山里
父母を案ずる・藤岡大拙


南市大東町の南西部に阿用(あよう)という村落がある。
 明治二十二年市町村制が施行されたとき、阿用村が成立しているが、昭和二十六年大東町に編入された。阿用の読み方は、現在はアヨウだが、古代・中世にはアヨと言った。この地名の謂(い)われについて、出雲国風土記に次のような伝承がある。

ある農民がこの地で山田を耕作して田圃(たんぼ)を守っていた。
ある時、目一つの鬼が襲ってきて、若者を噛(か)みくわえた。若者の両親は驚いて、近くの竹藪(たけやぶ)のなかに逃げ隠れた。ところが、竹がさわさわと揺れ動いたのである。くわえられた若者はこれを見て、父母が鬼に見つけられることを案じ、「動(あよ)、動」と叫んだ。そこでこの辺りを阿欲(あよ)というのである。神亀三年(七二六)、字を阿用と改めた。

一つの鬼という妖怪は、日本書紀や播磨国風土記などに出てくる
天目一箇神(あめのまひとつのかみ)と同じものではなかろうか。

この神様は日本書紀では作金者(かなだくみ)、すなわち金属加工技術をもつ神、風土記では鍛冶師の信奉 する神様だった。いずれにせよ、長い間たたらの火を見つめ、ついに片方の目を失った製鉄技術者を神 格化したものだろう。  
 阿用地方の穏やかな山村に、突如出没した目一つの鬼は、ひょっとして、製鉄を業とする移動民たちが信奉していた神様で、この伝承は、阿用の農民たちが製鉄民に痛めつけられているさまを物語っているのではなかろうか。オロチ退治の神話とどこか似通っている。 

れはともかく、おどろおどろしい神話だが、親を思う子の孝心が描かれており、
現代日本社会の親子関係に一石を投ずるような話である。


藤岡大拙(ふじおか・だいせつ)
島根県立島根女子短期大学名誉教授・島根県文化振興財団理事長・NPO法人出雲学研究所理事長・島根県景観審議会委員長・出雲弁保存会会長。昭和7年、島根県斐川町生まれ。「出雲路の魅力」「出雲人」「出雲とわず語り」、ほか著書多数。



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