シマネスク58号

私と島根・松江市
城跡に栄枯盛衰の物語が偲(しの)ばれる、私のルーツ、浜田
石垣が残る浜田城跡で、浜田への思いを語る下重暁子さん 石垣が残る浜田城跡で、浜田への思いを語る下重暁子さん
石垣が残る浜田城跡で、浜田への思いを語る下重暁子さん

下重暁子 (しもじゅう・あきこ)
作家・日本自転車振興会会長・日本ペンクラブ副会長。昭和34年NHKに入局しアナウンサーとして活躍。民放キャスターを経て作家に。「不良老年のすすめ」「鋼の女」「エロイーズ・カニングハムの家」「くちずさみたくなる名詩」など著書多数。

松江市・地図


11月、益田市のグラントワでの
講演のために島根に来られた
下重暁子さんに、ゆかりの地、
浜田市でお話を伺った。

 初めて山陰を訪れたのは、親友と一緒の大学の卒業旅行。東京から鈍行列車を乗り継いで大山の宿坊に泊まるという貧乏旅行でした。父方の先祖である下重玄流(しもじゅうげんりゅう)を初代に、続く5代が浜田藩松平右近将監(まつだいらうこんしょうげん)家の藩医であったことを聞かされたのは、それからしばらくしてからでした。
 幕末に浜田藩が長州軍と戦って敗れ、城が焼失したのが、祖父・仙吉の時。浜田を出て岡山県津山市付近にあった浜田藩の飛び地でしばらく暮らし、その後、東京に転居したということです。
 再び島根を訪れたのは、NHK勤務のころ。こちらの地元テレビ局にお勤めの、以前はNHKで脚本を担当していた人からのお誘いでした。その時に知り合った松江市出身の女性は、今も大切な友達の一人です。旧制松江高校で教鞭をとられていた、尊敬する駒田信二(こまだしんじ)先生との出会いもあり、ともに“私のルーツ探し”に浜田に付き添っていただいたことも忘れられない思い出です。
 今回の島根での滞在では、浜田藩時代に私の先祖がどこで暮らしていたのか、その住居跡を知ることもできました。古地図で、浜田川にかかる大橋を渡った殿町に下重家の名前を確認したんです。石垣だけが残る城跡の海に突き出た高みにある天守跡に立つと、さまざまな思いがよぎります。ここから、眼下に見下ろす外(と)ノ浦湾は絶景ですね。
 浜田は私のルーツ。大好きな島根は、これからも幾度でも訪れたいところです。 (談)

会津屋八右衛門の碑

城跡から見下ろす外ノ浦
江戸時代、浜田で海の商人として活躍した
会津屋八右衛門の碑
城跡から見下ろす外ノ浦は、江戸時代、
西回り航路の寄港地として栄えた港




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