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「私と島根」

  • 故郷で学んだチームプレー− 山本由佳理
 
山本由佳理
ホッケー選手、ソニーイーエムシーエス(株)一宮テック所属。1981年、横田町に生まれる。小学校時代から地元のスポーツ少年団でホッケーを始め、横田高校時代に1年生からレギュラーとして活躍。‘97年にインターハイでベスト8、‘98年には3位。2000年に東海女子大学に入学後、MFとして活躍。‘01年には全日本メンバーに選ばれ、‘02年アジア大会3位。‘04年アテネオリンピックに出場。
山本由佳理さん
 私の故郷の横田町は「ホッケーの町」。私が通っていた小学校でもクラスのほとんどがスポーツ少年団でホッケーをやっていましたから、私も誘われるままに小学4年生からホッケーを始めました。小学校の低学年までは体が弱かったので、体を鍛えたいという思いもありました。のびのびと楽しく練習をしているうちにホッケーが大好きになりました。
 その後、中学校でもホッケー部に所属。中学校での練習はスポーツ少年団とは比べ物にならないほどの厳しさでしたが、さらにホッケーの面白さを知ったのもこの頃でした。そして、横田高校でももちろんホッケー部に入部。同部で初めて11人制に触れ、毎日の練習からチームプレーの重要性を学びました。その練習は厳しさの中にも楽しさがあり、仲間たちにも恵まれてとても充実したものでした。また、地元の皆さんが温かい応援をしてくださり、その応援に気合を入れてもらった…ということもありました。
 今年7月、アテネオリンピックの出場前に横田町に帰郷しましたが、その際、町の皆さんが総出で歓迎してくださりとても感激しました。オリンピック直前には友人や地元の皆さんから励ましのメールをいただき、大きな励みとなりました。
 私にとっての故郷、それは唯一ホッケーのことを忘れてのんびり、リラックスできる所。みんなが「おかえり」と温かく迎えてくれる大切な場所です。これまで関わってくださった地元の方々に心から感謝をしています。
 先日、私の母校・横田高校のホッケー部が中国04総体で惜敗したということを聞きました。後輩の皆さんにはその悔しさをバネに、ぜひ、これからの試合を悔いが残らないようがんばってもらいたいな、と応援しています。また、ホッケーを始めたばかりの子どもたちには、今感じているホッケーの楽しさやおもしろさを忘れないで、ずっとホッケーを楽しんでもらいたいと思います。
 今の私にとってのホッケーの面白さはスピード感と得点が入った時の喜びです。今回のアテネオリンピックを経験して、さまざまな課題が見えてきましたので、私もホッケーの喜びを忘れず、課題を克服して成長し、さらにチャレンジを続けていきたいと思っています。(談)
JR木次線は現在ではめずらしい「三段式スイッチバック」で峠を登る(横田町)
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