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「私と島根」

  • 故郷で育んだ走る力−小松ゆかり
 
小松ゆかり
1974年、東出雲町生まれ。松江商業高校で全国高校駅伝に2度出場。卒業後、天満屋へ入社し、‘95年青梅マラソンで優勝後、初のフルマラソンとして出場した名古屋女子マラソンで日本人トップの2位となる。同年、イエテボリ世界選手権マラソン代表。’98年シドニーマラソンで優勝する。2000年春にサニックスに移籍し、’02年青梅マラソンで2度目の優勝を果たす。’03年現役を引退し、マラソン選手の森勇気氏(コマツ電子金属)と結婚。現在、長崎県在住。
小松ゆかりさん
 幼い頃、走るのが遅くて苦手だった私。でも、母校の出雲郷小学校(東出雲町)の裏山で遊んだり、新聞配達をしているうちにいつしか走ることが好きになり、高校から陸上を始めました。
 中学時代はテニス部でしたが、中学校代表で出場した陸上大会を見られた松江商業高校陸上部恩師の藤原先生に誘われて同校に進学。私は、全国高校駅伝への出場を目標に、陸上部のメンバーと近くの山道や宍道湖周辺を走り続けました。記録はもちろん、常に上を目指すチームメイトに影響を受け、私自身を磨くこともできました。さらに、私の場合は毎日約一時間をかけ、山道を上り下りして自転車通学していました。そのおかげで、しっかりと基礎体力がついたように思います。
 高校卒業後、天満屋への入社が決まった時、顧問の藤原先生と大野先生は「3年間はがんばってこい!」と送り出してくださいました。その言葉に励まされ、私は「泣いては帰れないな」と覚悟を決めました。先生との出会いは私の人生を左右する大きなものでした。
 そして、1994年、「まつえレディースマラソン」で念願の初優勝を果たしました。見慣れた風景、地元の方々の暖かい声援に包まれた里帰り初の大会で、私は勝つ喜びを味わったのです。この経験が大きな転機となり、名古屋国際女子マラソン、世界陸上選手権など各大会へとつながっていったのだと思います。
 でも、いつも調子が良いという訳ではありませんでした。そんな時、監督のすすめで実家に帰り、家族、友人たちと会い、18年間暮らしてきた島根の穏やかな自然の中で充電することができました。応援してくださった皆さまの支えと帰る場所があったからこそ、走り続けられたのだと感謝しています。現在、私は現役を引退しましたが、今後も楽しみながら走り続け、何かのお役に立てるようにがんばっていきたいと思っています。
 今年8月には島根県を主会場にインターハイが開催されます。出場選手の皆さん、どうぞ、精いっぱいの力を出して、勝っても負けても悔いのない試合となるようにがんばってください。良い思い出がきっと次につながることでしょう。皆さんの活躍を応援しています。(談)
四季折々に表情を変える宍道湖
四季折々に表情を変える宍道湖
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