体験体感島根の旅
   
   
隠岐マップ 福田小春
旅のレポーター/福田小春(ふくだこはる)
しまね観光大使。趣味は写真を撮ること。愛用のポケットカメラを携帯し、日常の風景や、出会う人たちの何気ない表情にシャッターを押す。また、自宅周辺の湯の川温泉や築地松など地域の見どころをフィルムに収め、特技のイラストとともにオリジナルマップを作成した。この際、本格的なデジタルカメラを購入してステップアップを図るべきか?と思案中。斐川町在住。
北前船航路のなごりと黒曜石が物語る、西郷町の歴史
 
(左)出雲大社西郷教会の大石灯籠は高さ5m。隠岐の燈篭は、屋根型が多いのが特徴。
(右)標高約200mの愛宕山から町並みを一望
   
(左)川沿いの船泊り風景。水際の生活が感じられるひとコマ。
(右)181段の石段をひたすら登って地蔵院をめざす。
 
(上)天神橋のたもとから港の活気と旅情を味わう。
(下)町中の至るところで美味しそうな干物が潮風にゆられている。

 美保関町の七類港から、隠岐汽船旅客フェリーに乗船しておよそ2時間20分。隠岐・島後の玄関口、西郷港に到着しました。ターミナルと直結した隠岐ポートプラザ(ホテルが併設された観光情報発信拠点)へ向かうと、地元ガイドの斎藤一志さんが私の到着を待ってくれていました。斎藤さんは、島後(西郷町、布施村、五箇村、都万村)で、牛突き観賞や民謡・そば打ち体験といったテーマ型観光の企画推進と、その案内役を担う『隠岐島後とぎの会』に所属しておられます。団体名の「とぎ」とは、古語で“相手をする”という意味。20名の会員は、神社の神主さんや役場職員、町議会議員などの本業のかたわら、ボランティアでガイドを行いますが、いずれも隠岐の歴史や魅力を熟知した方々なので、島に伝わる民話や歴史の語り部としても活躍されているのです。

 「西郷町の歴史を知るカギは、北前船と黒曜石です。」―今回、斎藤さんが一番先に連れて行ってくださったのは、港から歩いて五分ほどの場所にある出雲大社西郷教会です。敷地内にある大石燈篭は、江戸時代に松江藩の商人から寄進されたもの。なんと、昭和初期までは灯台の役目を果たしていたというのです。「西郷町は、幕末から明治30年頃まで活躍した北前船の寄港地でした。北前船は船自体が商社やデパートのようなもの。寄港地で自由に商品を売買しながら、大阪と北海道を往復していたんです。海産物が豊富な西郷町は、主に干しアワビを生産し、日本海交易では中国へ輸出。当時はかなり潤っていたそうです。」と斎藤さん。町内には、西郷湾に面して上がり間、八尾川に面して溜まり間、そして町のシンボル・西郷大橋の袂に下り間と、3つの北前船の港跡があります。

古い町並み そこで、裏山から「上り間」を見下ろせるという地蔵院(清久寺)を訪ねました。東町地区の高台に建つお寺は、急勾配の石段(181段)を登りきった所にあり、かなり息があがります。この日は霞んでいたため、港(「上がり間」)の景色が望めなくて残念!でも、江戸時代から多くの人がこの石段を行き交い、北前船航路の無事を祈ったという言い伝えを実感することができました。地蔵院から麓の東町地区に降りると、商家の面影を残す蔵や古い木造住宅のある町並みが広がります。入り江に注ぎ出る川沿いの家並みと幾つもの小さな橋が、おだやかな景色を描いていて、何だかノスタルジックな気分になります。町並みをそぞろ歩いていると、来待石を頂いた隠岐特有の瓦屋根や、大正時代のデザインの特徴が見られる窓、Barberと横文字が描かれた古い理髪店の建物などが目に留まります。風景にとけ込むようなたたずまいはとても印象的でした。

次へ

51号indexへ51号indexへ