美味お国自慢
食の護り人
第4回宍道湖ヤマトシジミ
斐伊川から注ぎ出る淡水と中海・日本海の海洋水がおだやかに行き交う宍道湖は、国内を代表する汽水湖。このため、滋味あふれる湖の幸の漁場として名高い。スズキ・シラウオ・モロゲエビ・アマサギ・コイ・ウナギと共に、“宍道湖七珍”に数えられるヤマトシジミもその一つだ。食に対する健康志向が高まる中、その栄養価の高さと美味しさで全国から注目されている宍道湖産のヤマトシジミ。長年全国一位の漁獲量と品質を支え、最前線でシジミ漁業に携わる人たちの姿を追った。
 
水ぬるむ春の中頃から旬を迎えるシジミ漁
全国的な漁獲量減少傾向の中、漁の自主規制や天然採苗で資源回復をはかる
  早朝の宍道湖。朝もやの中で湖面に浮かび上がるシジミ漁の様子は、出雲地方の代表的な風景だ。宍道湖は周囲約47km、水深平均4.5m(最深部5.8m)の汽水湖で、古くからヤマトシジミの生息域として知られる。シジミは宍道湖全体で総漁獲量の90パーセントを占める代表的な漁業種だ。かつて宍道湖産ヤマトシジミの漁獲量は1万5千トンを超え豊富な資源量を誇る時代もあった。しかし、昭和50年代から全国的に漁獲量が減少傾向となり、宍道湖も周辺環境の変化に伴って漁獲量は減ってきている。平成9年の夏、宍道湖に生息していたシジミの約8割がへい死する事態が起き、このため漁獲量は一時6千6百トンにまで減少。。現在は回復傾向にあるが、毎年のようにへい死が発生している。宍道湖の自然資源を守りながらシジミ漁を行うのは、宍道湖漁業協同組合(組合員1000名*以下漁協)だ。その内、シジミ漁の漁業権の取得者は300人。宍道湖・大橋川流域の各々定められた漁場で、シジミ漁に従事している。
 
シジミを掻く鋤簾(じょれん)とふた箱のコンテナが漁の基本装備だ

 豊かな自然資源に恵まれた宍道湖も、何もしないままでは枯渇するばかり。漁協では、漁獲量の減少傾向を受け、網目や漁具の制限、就業規則などヤマトシジミの資源保護に向けて様々な努力をしている。平成四年から取り組んでいる「天然採苗事業」もその一つだ。細かい網状の採苗器(約5千個)を使い、シジミが生息できない湖心部で3千〜6千万個の稚貝を採取。そして沿岸部の漁場に放流し、シジミの生育を助けるのだ。宍道湖産のヤマトシジミは『天然資源』がモットーで、養殖や他地域産種の放流はしていない。近年では価格の安い韓国・中国産の輸入シジミが出回るようになったが、味の違いは歴然としている。汽水湖の養分をたっぷりと吸収した宍道湖のヤマトシジミ。そのおいしさと漁獲量を守り続けるために、漁協と組合員のチャレンジは続いている。
昔と変わらぬ漁法で受け継がれるシジミ漁
 宍道湖のシジミ漁業には、資源保護の見地から漁協により様々な規制が設けられている。1日の操業で採捕する量は、約140kg(*規格のコンテナで平らに2箱分に相当)。時季によって宍道湖内には漁業禁止区域がある。操業時間は、季節によって異なるが、早朝から午前中の4時間余りだ。また、水・土・日曜の3日間は、休漁日となっている。そのため、約8割の漁師が農業と兼業し、様々な制約の中でシジミの漁業権を守っている。中海に注ぐ大橋川沿いで操業する加田典泰さんも、その一人。父親は会社員だったため、祖父からシジミ漁を受け継いだ。昭和63年にシジミ漁に従事する前は、加田さん自身も会社員だったという。全長約7メートルの和船で漕ぎ出し、エンジンを止めた船上から鋤簾を用いる「手掻き漁法」でシジミを捕る。鋤簾とは、長竿(7m)の先に装着した爪付きのカゴで湖棚を掻く漁具。宍道湖のシジミ漁は、ほとんどがこの伝統的な漁法で行われている。
 加田さんはここだ、というポイントで船のエンジンを止め、まるで釣り竿を操るように鋤簾を湖面に沈めた。そして小刻みに身体全体でリズムをとりながら、シジミの感触を確かめるように掻き始めている。一見、簡単そうな作業に見えたが、それは大きな間違いだった。鋤簾自体の重さは約40kgもあり、湖面から引き上げる時にはシジミが加わるので、相当重くなる。また、湖棚の至る所にはブロックや石といった障害物があるため、鋤簾が引っかかってしまうことも多いという。掻くときも、力任せに湖棚を根こそぎ掻くのではなく、3〜4センチほど手前にポイントを絞り、柔らかに掻く。そしてカゴを引き上げる時も、なるべくシジミ以外の物が残らないように水中で篩う。「私も漁に慣れるまで1年以上はかかりました。経験が必要な仕事です。」と、加田さん。周囲では、3〜4隻の漁船が操業中。加田さんのように単独で操業している船や、2人組みで乗り込んでいる漁船もある。漁師の平均年齢は60代と聞いていたが、出会った中には20〜30代の青年もいた。徐々に世代交代しながら、宍道湖のシジミ漁は受け継がれているのだ。


 
湖面に掻きあげられたシジミたちは、どれも“キュッ”と口を閉じている

  
港に帰ってくるやいなや、常設した選別機にかける作業に入る
漁師・漁協の連携による入念な品質管理で出荷
 松江市西浜佐陀町にある古江港。漁から戻ってきた井原郁夫さんご夫妻を待ち受けて、自宅での選別・出荷作業を見学させていただいた。昭和45年からシジミ漁に従事している井原さんは、この道30年以上のベテランだ。漁師さんが出荷前に行う選別作業は、船上・港(船着場)・自宅の3段階。まず船上で水揚げしたシジミと小石などを分け、港に常設した選別機に掛け、出荷規格に沿ってサイズ別に分ける。さらに2箱のコンテナをミニバンに載せて港付近の自宅に搬入。さらにこの後、入念な選別作業が待っていた。自宅の玄関前にある作業場では、石油ストーブの灯りと共に井原さんのお母さんが待ち受けていた。「漁が終わったら、あっという間です。鮮度が命ですから、出荷までは一息つく暇もありません。」と井原さん。ストーブにかけた鍋から、ほのかな湯気が立ちのぼる。
これは、屋外での選別作業でかじかむ指先を温めるためのものだ。井原さんは搬入したコンテナのシジミを、さらに“通し”と呼ぶ木製の篩にかけてM・Lサイズに選別する。そして、待ち受けるお母さんと奥さんの3人で、コンクリート地面に転がすように選り分けていく。1粒ずつ『音』を聞き、カラ貝を取り除く検査を行うためだ。こうして水揚げした漁師の迅速な作業を経て、漁協に集荷されたシジミは、午後2〜3時には仲買人に出荷される。その後、徹底した水質・温度管理のもとで、砂抜き・2段階の殺菌洗浄・検査を行い、規格別に計量。さらに、13℃に調整したオゾン殺菌水を充填したパックに詰め、金属検出機にかける。このように、消費者の食卓に届く製品となるまでには、妥協のない品質管理と鮮度保持を追求した加工行程を経ているのだ。
 おだやかに映る宍道湖の湖面で、時には強風にさらされながらシジミと対峙する漁師。資源回復を願い、漁業環境の保護・保全を担う漁協。そして、シジミの鮮度と味を損なうことなく消費者に送り続ける加工・物流業者。宍道湖産ヤマトシジミのブランド力を支えているのは、消費者の信頼に応えようとする、それぞれの真摯な姿勢だ。そのブランド力を未来に受け継ぐために、限りある自然資源を守り育て生かす人たちの踏ん張りが、今日も続いている。
 
出荷前の最終検品は、指先と両耳の感覚を研ぎすませた手仕事で

しまね美味<うまみ>名鑑

51号indexへ51号indexへ