私と島根 義肢装具にかける若者たち  昨年、僕はアフガニスタンと島根県を舞台にした映画「アイ・ラヴ・ピース」に出演しました。完成した映画の中で印象的だった島根県の風景は大田市大森町の空撮シーン。中でも緑の山々に囲まれた風景に心ひかれたので、カメラマンに確認すると、そこが撮影地となった義肢装具会社のある町だとわかりました。僕はアフガニスタンで活動するNGOの隊員を演じたため、島根での滞在は長くはありませんでしたが、この会社で出会った技術や人々には驚きを覚えました。
 まず、僕はここで作られている義肢そのものにびっくりしました。当初、義肢とはマネキンのように冷たく、硬いものというイメージがありました。でも、ここで作られている義肢は温かみがあって、驚くほどに本物に近い。特殊メイクや高度な特殊技術を駆使するハリウッドの映画関係者もその技術を盗みたくなるんじゃないかと思わせるほどにハイレベルなのです。
 そして義肢装具の制作に取り組む若い義肢装具士たち。義肢装具の製作はデザインや彫刻などの芸術品を手掛けることとは違って、何よりも人を思いやる気持ちが大切です。高度な技術ですから誰にでも簡単に作れるものでもありません。人に尽くすという姿勢で一生懸命に取り組む彼らは本当に素晴らしいと思いますね。
 大田市での滞在中、僕は彼らと酒を飲みながら語り合いました。彼らの思いやりある姿勢は僕の演じていたNGO隊員という役柄にも通じるところがあり共感を覚えましたし、自己満足ではなく誰かに喜んでもらうために作り上げるという点で、義肢装具の製作と自分が思う映画の製作は似ているとも感じています。
 僕は彼らの一人に「君達の才能や技術は医療分野以外、例えば芸術の面でも生かせるよ。もっと多くの人と喜びを共有し、分かち合うために冒険するのもこれから大切だと思う」と話したことがあります。彼は一瞬不思議そうな表情を見せていました。多分、自分達の技術を医療分野以外に生かすことは考えていなかったのでしょうね。でも会話を交わすうちに僕の意見も受け止めてくれたようです。
 今も、彼らとはメールのやり取りを続けています。今後アフガニスタンや他の国々、いろいろなジャンルとの交流によって、彼らの技術や活動が広がっていくことを期待しています。機会があればまた彼らと酒を飲みながら語り合いたいですね。(談)
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江戸時代には天領だった石見銀山の所轄庁としておかれた大森代官所跡(大田市)

宍戸 開
ししど かい
宍戸 開
俳優。1966年生まれ。88年、大河ドラマ「武田信玄」の信玄の近習役で芸能界入り。
89年、「マイフェニックス」で映画デビューし、90年、第13回日本アカデミー賞新人賞を受賞。その後、映画、テレビ、舞台での活躍にとどまらず、写真家五影開としても活動する。写真展の開催や写真集『マフィーシ ムシュケラ』、『FRADAあした』などを発表。4月2日(金)からスタートしたNHK金曜時代劇「御宿かわせみ」第2章にレギュラー出演中。

宍戸 開/浅野温子

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