しまね人。その底力 味わい深い語り口、機知に富む会話で
人々を夢中にさせた“話芸の神様”
徳川夢声
とくがわむせい
本名 福原駿雄
ふくはらとしお 明治27年〜昭和46年
徳川夢声写真
徳川夢声
  ”話芸“の神様と呼ばれる徳川夢声は明治27年益田市に生まれ、28年に津和野町に転居。30年、一家の東京移住に伴い上京しました。東京府立一中卒業後、大正2年、活動弁士(サイレント(無声)映画の説明者)を志し、清水霊山に師事。翌年赤坂葵館に勤め、葵の紋に因んで「徳川夢声」と名乗りました。
 当時の活動弁士は映画上映前に前説と称してあらすじを説明していましたが、夢声は画面に沿って説明。この手法は評判となり、全映画館に波及していきます。また夢声の淡々とした味わい深い語り口は好評で、のち新宿武蔵野館で主任弁士となりました。8年には「弁士番付」の横綱となり、美文調の下町派代表の生駒雷遊に対し、山の手派代表としてインテリ層に絶大な人気を誇りました。
 昭和5年頃から外国映画はトーキーに変わって活弁は衰退しますが、夢声は漫談家、俳優としてラジオ、舞台、映画へと新境地を開拓。昭和13年文学座同人、14年、NHKラジオで「宮本武蔵」を朗読。絶妙な語り口と独特の間で話術の第一人者となります。さらに映画「坊ちゃん」「吾輩は猫である」「綴方教室」などに出演しています。
戦後は、ラジオ「話の泉」、テレビ「私だけが知っている」の司会、対談などで語りの名人として本領を発揮。さらに、文筆家としても活躍。「週刊朝日」に連載された対談『問答有用』は400回を数えました。その他、『自伝夢声漫筆』『随筆二十年』など著書も多数あります。これらの功績を称し、30年に菊池寛賞を受賞。32年に紫綬褒章を受章しました。
芸能文化人としての多彩な功績を残した夢声は郷土愛も強く、益田市の益田音頭の作詞、益田市の柿本神社への献句も行っています。

さらに詳しく知りたい方に
益田市立歴史民俗資料館
 徳川夢声の遺品を保管展示する益田市歴史民俗資料館では遺跡や古墳の出土品及び明治・大正・昭和期に使われてきた生活用具、益田市出身の作家・田畑修一郎や棋士・岩本薫和の遺品などを保管展示しています。建物は美濃郡役所として大正10年に建てられ、その後、益田警察署、益田総合事務所と移り、昭和58年に歴史民俗資料館として開館。平成八年に国の登録文化財に認定されました。夢声の遺品はNHKラジオ「ヴェニスの商人」台本の下書き(夢声自筆)、愛用のコート・帽子、俳句集・書籍(随筆)・レコード「宮本武蔵」(夢声朗読)などが所蔵されています。

益田市立歴史民俗資料館のようす

益田市立歴史民俗資料館外観●展示情報
企画展「わが町百年の歩み「わたしたちのふるさと研究」   (平成16年2月22日(日)まで開催)
常設展〔喜阿弥焼・白上焼〕〔岩本薫和〕〔徳川夢声〕〔田畑修一郎〕
●DATA
所在地/島根県益田市本町六番八号
電話/0856(23)2635
入館料/無料〔展示によっては有料となる場合あり〕
開館時間/午前9時〜午後4時
休館日/月曜日(月曜日が祝日の時は、その翌日)
   祝日の翌日・12月29日〜1月3日
[URL]http://www.iwami.or.jp/rekimin/

フラッシュ/しまね人。/シマネスクギャラリー

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