澄田信義
島根県知事
澄田信義
すみた のぶよし
島根県知事。昭和10年島根県出雲市生まれ。東京大学法学部卒。和歌山県警察本部長、日本国有鉄道常務理事を経て、昭和62年より現職。現在5期目。
大澤 豊さん
大澤 豊
おおさわゆたか
映画監督
有限会社こぶしプロダクション代表取締役。1935年群馬県高崎市生まれ。
群馬大学教育学部卒業後、映画界へ進み、山本薩夫、勅使河原宏、黒澤明監督らの助監督を務める。1981年こぶしプロダクションを設立。以後、監督、プロデューサーとして活躍し、戦争、難病、障害者問題、学校の問題など社会性のあるテーマを、分かりやすく美しい映像表現で描き続けている。映画「アイ・ラヴ」シリーズ第3弾として、島根県とアフガニスタンを舞台にした「アイ・ラヴ・ピース」を製作し、今秋島根県での先行上映会に続き、全国各地での上映を開始した。


映画のワンシーン
地雷が埋没する危険区域に入ろうとする主人公花岡いづみ(忍足亜希子)に、危険を知らせようと松葉杖を手離し、駆け寄ろうとするアフガニスタンの少女パリザット(アフィファ)
(C)「アイ・ラヴ・ピース」製作上映委員会

島根と出会い生まれた映画

知事 島根県とアフガニスタンを舞台とした映画「アイ・ラヴ・ピース」の完成を、まず心からお祝い申し上げます。試写会や県内での先行上映会も非常に盛況で喜びました。
大澤 ありがとうございます。今回の映画は島根県はもちろん、県民一人ひとりがご支援下さいました。製作協力券という事前の前売り券を多くの県民の方々に買っていただき資金の一部になりましたし、1500人ものエキストラの方に参加していただきました。たくさんのボランティアに支えられいろいろな方が協力してくださったことが、スムーズに完成した大きな要因です。それだけ映画に対する期待も高いと受け止めておりましたから、プレッシャーを感じながらもいい緊張感の中で映画づくりができました。
知事 私も素晴らしい映画だと思いました。しかも、島根の良さが風景にも人の気持ちにも表れていて非常にうれしく思いました。また、松江城や城下町の町並み、お堀を巡る遊覧船、アクアス、フォーゲルパーク、石見神楽や大田市の彼岸市など、島根のオンリーワンをさりげなく紹介していただきました。
大澤 アフガニスタンから日本に初めて来た少女が見る目線です。実際に島根に住んでいると、緑や川や海の自然が当たり前のように思いますが、一歩外に出て見たとき、何て自然に恵まれているんだろうと実感します。アフガニスタンと島根県は、茶褐色とグリーンというようにベーシックな色が全然違いますから対照的な印象を受けるんです。東京に住んでいる方がこの映画を見て、「あんなにきれいな島根県にますます行きたくなった」と言ってくださいました。
石見銀山の龍源寺間歩
映画にも登場する石見銀山の龍源寺間歩は全長600mにも及ぶ大坑道。実際に見学できる唯一の間歩でもある
映画のワンシーン
大田市の義肢装具会社で撮影された義肢装具の製作シーン。プロの義肢装具士から製作技術を学んだ忍足亜希子の心血注いだ演技に撮影現場の緊張感は並々ならぬものがあった
(C)「アイ・ラヴ・ピース」製作上映委員会
知事 おっしゃる通り、私たちの住んでいる島根は何と美しいところかとあらためて認識し、もっと大切にしなければという気持ちになりました。監督が映画の舞台に島根を選ばれたきっかけはどういったことですか。
大澤 この映画は「アイ・ラヴ・ユー」「アイ・ラヴ・フレンズ」に続く3本目で、前作を島根で上映したときに、石見銀山のある大森町という小さな町に義肢装具を作っている中村ブレイスというユニークな会社があると聞き、たまたま平成13年に初めて中村社長にお会いしました。その年には9月11日のニューヨークのテロ事件、それに対するアフガニスタンの攻撃、降伏があり、新聞やテレビで連日報道される中に、親をなくした子どもが泣いていたり、家を失って呆然とする人の姿が出てきました。そういう映像を観て、日本が終戦を迎えた年に10歳だった当時の自分に一気にタイムスリップして、自分がそこにいるような感じがしたんです。その後イランの映画で、米軍のヘリコプターから救援物資として松葉杖がワーッと落ちてくるシーンを見て、ふっとアフガニスタンと義肢装具を作るという二つが結びつき、もしかしたら3作目の映画につながるのではと思いました。ですから、9・11がなければ、この企画はなかったと思います。
知事 島根を舞台にすることによって島根をPRしていただき、さらに、世界的にも高い技術を持っている中村ブレイスという会社の存在が、日本全国や世界に知られていくということに、非常に感謝し誇りに思います。同時に、図らずも現在私たちは、石見銀山を地域の自然とともに活かして世界遺産に登録しようと努力をしておりますから、その点でも非常に大きな役割を果たすのではないかと感謝しております。石見銀山は露天掘りからスタートして、技術が発達するとだんだん坑道が縦横にでき、大久保間歩など最大の坑道もできました。世界各国に鉱山遺跡はありますが、坑道が破壊されずに残っているのは珍しいそうです。仁摩港や温泉津港など、北前船で運んだ当時の痕跡などと一緒に適切に保存していけば、多いに見込みがあると思っています。
大澤 映画が少しでもお役に立って多くの人が関心を持ってくだされば、それだけ正規の登録も短縮できるのではという気持ちです。石見銀山はとても珍しい素晴らしい産業遺産です。温泉津港に残っている「鼻ぐり岩」(船の係留用の綱を結ぶための岩盤をくり抜いたもの)など、なるほどと思って見ました。誇れる日本の財産としてぜひ早く正規登録をされることを願っています。

映画に込めた夢と未来

アフガニスタンでの撮影風景
アフガニスタンでの撮影風景。映画ではアフガニスタンの町や人々の生活の様子も垣間見ることができる
(C)「アイ・ラヴ・ピース」製作上映委員会
知事 監督がこの映画で訴えたかったことは何ですか。
大澤 一つには、ろうの女性が主人公のシリーズです。障害を持っている人の場合、例えば見えない人には点字があり、聞こえない人には手話という言語がありますが、障害があるなしにかかわらず誰もが点字や手話が使えるかというとそうではありませんから、障害がある人にとっては大変厳しい環境です。さらに職業を選択するとき、障害がある人には法律的な枠があるんです。この映画で忍足亜希子くん演じる花岡いづみは、義肢装具士です。でも、法律的な枠に当てはめると聞こえない人は義肢装具士にはなれないというので、不思議に思って中村ブレイスの社長やスタッフに聞きましたが、「いい技術を持っていて研究心が旺盛な人なら聞こえなくてもいい」と言うんです。全日本ろうあ連盟にも尋ねたら、「ろうの子どもが希望を持って一生懸命努力する意欲もわいてきますから、ぜひ作ってください」と、ある種の裏付けをとりました。そして今、「ろう者自身が勇気の出る映画だ」と、ろう者の人たちがとても喜んでくださいます。義肢装具士の仕事をお勧めするというのではなく、一生懸命何かを極めようと思って努力をすれば花開くということを知ってほしいんです。これは健常者の場合も同じことですが、今の若者は何か自己規制していて、自分の先を自分で決めてしまっています。もっと大きな夢を持ってほしいということが言いたいんです。
知事 障害を持つ人も健常者も、何かに挑戦し夢と希望を持って生きることは大切なことですからね。
大澤 もう一つは、アフガニスタンを舞台にしていることです。今カンボジアやソマリアなどいろいろな国で、埋設されている爆弾や地雷によっていつ被害を受けるか分からない危険な生活を強いられている人がたくさんいます。しかし、平和な日本で生まれて幸せだから他の国のことは知らないというのでは、国際人として大きく羽ばたいていけません。視野を広く持ち、平和がいかに大切かをかみしめながら自分にできることをやるということに、少しでも気づいていただければと思っています。
知事 映画の中でアフガンの少女が、「平和とは地雷がなくて安心して歩けるような平和だとしたら私は平和を非常に尊ぶ」という言葉がありますけれど、今の日本の現実と比較してみて、いかに平和が大切であるかが如実に分かります。また、アフガンの少女がついには杖を離して義肢で歩き出すというところは感動的で、自らの足で立つ、自立することの大切さを感じる素晴らしいシーンだと思いました。
大澤 アフガンの有識者と話をする中で、「国際政治で物品やお金をいただくという支援を、どう自立につなげるかというのが一番大事だ」ということをおっしゃっていましたから、あのシーンはそのままアフガンの人たちに対するメッセージです。
知事 確かに支援や援助も大切だし、それによって自立への道を歩まねばいけませんが、最後は自らの力で立つということが大切だということが、私にも伝わってきました。そして、アフガンの少女が、「非常に豊かな日本と違いアフガニスタンは貧しいところだけれど、私は自分の生まれたアフガニスタンという国家を愛する」と言うところは、非常に感動的でした。

知事対談 映画「アイ・ラヴ・ピース」にみる島根の魅力
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