澄田信義
島根県知事
澄田信義
すみた のぶよし
島根県知事。昭和10年島根県出雲市生まれ。東京大学法学部卒。和歌山県警察本部長、日本国有鉄道常務理事を経て、昭和62年より現職。現在5期目。
世良 譲
世良 譲
せらゆずる
ジャズピアニスト
1932年生まれ。島根県木次町出身。
1950年明治大学在学中から佐久間牧雄らのグループに在籍しプロデビューする。その後54年白木秀雄カルテットに加入、65年日野皓正らとベルリンジャズ祭に参加。以後、国内外で活躍。洗練されたセンスでスイングからモダン系まで幅広いレパートリーを持ち、クラシックをベースとした華麗でダイナミックなテクニックは、粋なおしゃべりとともに幅広いファンを魅了している。アルバムに「世良譲/バッカス・スイング」「アイ・ラブ・ユー/世良譲トリオ」など。現在、コンサート、ディナーショーはもちろん、TVやCMなどでも活躍。2003年、日本ジャズ界最大の栄誉とされる南里文雄賞を受賞。


おくにがえり奉納コンサート
知事 世良さんは2000年にプロデビュー50周年を迎えられたということで、本当におめでとうございます。今年5月には、世良譲クインテットとともに伊東ゆかりさん、中尾ミエさんの素晴らしいボーカルと、出雲市在住の熱田修二さんのトランペットも加わって、出雲大社の拝殿前で奉納コンサートをされました。今年はちょうど歌舞伎発祥400年に当たる年ですから、出雲出身とされる歌舞伎の始祖阿国と、お国帰りとをかけて「おくにがえりコンサート」と銘打たれたもので、本当に素晴らしいコンサートでした。
プロデビュー50周年、華麗で洗練された世良氏のピアノ
プロデビュー50周年、華麗で洗練された世良氏のピアノ
世良 ありがとうございます。半世紀もの長い間、皆さんにかわいがっていただいて、本当に幸せだと思っております。また、出雲大社という神聖な場所で演奏させていただくということは、これ以上のことは望むべくもなく、本当にうれしくてワクワクしました。当日は雨の心配もあって東京にいるときから天候が気がかりでしたが、2曲目のバラード「スターダスト」の演奏中に空を見上げたら星が見えて、やっぱり奇跡は起こったと思いましたね。皆さんが、一生懸命になっていただいたおかげです。
知事 出雲大社の神様に思いが通じたということでしょうか。私も聞かせていただきながら、重厚な出雲大社の建物や境内の雰囲気と音楽が、思った以上に合うと思いました。その演奏の合間に「私は島根に生まれたことを誇りに思う」と何度もおっしゃっていてうれしくなりました。出雲大社でのコンサートは初めてでしたか。
世良 初めてなんですよ。
知事 これまでにも出雲大社の境内では、喜多郎さんのコンサートや、澤村藤十郎さんの阿国の踊りなどが行われました。また、六日市町出身の世界的デザイナー森英恵さんが、松並木の参道に舞台を作ってファッションショーをされたとき、「出雲大社でショーをやるのが終生の願いで、それが実現できて非常にうれしい」とおっしゃっていました。ちょうど世良さんが誇りに思うと言われたことと共通する思いだと思います。また、古代から連綿と伝わる神聖な出雲大社の境内を、現代の歌舞音曲に開放していただくということは、文化の向上にもすばらしく貢献することだと思っています。それにしても、本当に楽しそうにピアノを弾いておられましたね。
世良 音楽って「音を楽しむ」と書くでしょう。僕のモットーは、音を楽しんで演奏者も聴く人もみんな楽しくなることなんです。
知事 おっしゃるとおりですね。私も本当に楽しませていただきました。

丁寧で温かな出雲弁
世良 今日はふるさとの言葉、出雲弁でしゃべろうと思って来ました。近ごろの若いシは方言をしゃべられませんが(近ごろの若い人は方言をしゃべることができませんよね)。僕は18歳くらいまでしゃべっていて東京へ出たから地についています。
知事 ずっと島根におられたら出雲弁保存会の会長をお願いしなきゃいけませんね。
世良 やぁますけんね(やりますからね)。東京でも僕は島根の人に会うと時々この調子でしゃべぇますが(しゃべりますが)、女性の方で特に若いシは、「やめてごしない(やめてください)」と言われるんです(笑)。素晴らしいふるさとを持ちながら、なんで「やめてごせ」てて言わんならんかと(どうして「やめてくれ」などと言わなくてはならないかと)思います。
知事 方言はいいですよね。
世良 あったかいものがあるんですよ。例えば「ごちそうさま」だけで充分なのに、「だんだん、べったべった、ごっつぉさんになぁました(ありがとう、いつもいつも、ごちそうさまになりました)」などと、こんな丁寧な言葉はないと思います。
知事 正統派出雲弁を語りますと本当に丁重でいいですよね。今島根には、琉球大学の教授を退職して出雲弁の研究のために来県された方がいて、奥さんと一緒に斐川町にお住まいになっています。もともと琉球の言葉を研究しておられた学者です。その先生のお話しでは、はるか昔に大陸から来た人々の言葉が出雲からだんだん全国へ広まったのであって、東北のズーズー弁は出雲から移っていった言葉だと…。また、一派は北海道へ行ってアイヌになり、ある一派は鹿児島へ行って隼人に、ある一派は熊本の熊襲になったというように、出雲がルーツだという先生の考えを、言語学的に確かめようとなさっています。
世良 それは頑張ってもらわないといけませんね。
知事 島根女子短期大学の学長藤岡大拙さんも、以前から出雲弁を熱心に研究していらっしゃいます。うんすうふらた(雲州平田)や、出雲、松江、雲南など、出雲弁といっても地域によって微妙に違いますからね。今日の世良さんの言葉も、木次の正統派出雲弁ですね。そういえば出雲大社でのコンサートが始まる時間が、「ばんじまして(「夕方になりました」という「こんにちは」と「こんばんは」の間の挨拶)」のころでしたね。
世良 はい。「ばんじまして」も本当にいい言葉です。僕は方言も含めてふるさとを誇りに思っていますからね。
出雲大社拝殿前での神聖な雰囲気の中ジャズが夜空に響く
出雲大社拝殿前での神聖な雰囲気の中ジャズが夜空に響く
思い出多き自然と伝統文化
知事 世良さんには以前、『シマネスク』にふるさとについての思いを寄稿していただき、そのときには、海が大好きで、特に隠岐島知夫村の赤壁と大田市五十猛町の砂浜と大社町日御碕のことを取り上げておられました。山あいの木次町でお育ちになったから逆に海にひかれるんだなあと思いました。
世良 昔は臨海学校があって、島根県中からピックアップされた小中学生が大社で合宿したことがあるんですよ。違う学校から来た人ともそこで仲間になって、貝を取ったり潜ったりして遊びました。それが海が好きになった一つの理由ですね。今でもグァムへはしょっちゅう行って潜ってますし、世界一周する豪華客船「飛鳥」ではいつも10日間くらい演奏をさせていただくんですけれど、この間はシンガポールからセイシェル諸島へ行き、きれいな海で潜ってウミガメと遊んだりしました。
知事 私も子どものころには、大社や日御碕、多岐の海岸でよく泳いで遊びましたね。
世良 島根には日本海だけじゃなく湖と川があるから、遊ぶだけでなく食べ物も豊かですよね。例えば宍道湖にはシラウオやシジミやアマサギなどいろんなものがあります。僕は鎌倉に住んでいますけれど、宍道湖のシジミと書いてあればそれを買って帰るんですよ。宍道湖のものを食べたらほかのは食べられないくらいうまいですからね。また、酢味噌でシラウオの踊り食い、スズキの奉書焼き、鯉の糸作り、そして鮎は石見地方の川でも斐伊川でも取れるなど、島根にはうまいものがたくさんあります。昔は僕の親父も、斐伊川で投網で鮎取りをすると言ってよく出かけていきましたよ。
知事 木次の近くの斐伊川には、八岐大蛇の伝説がある天が淵がありますね。
世良 はい。鉄砲が淵など淵がいっぱいあります。神話や伝説がたくさんあるようなところで生まれたおかげで、僕は本当にせかせかしないでのんびり育ったと思います。やっぱり島根はいいですね。しかも面白いことに、県の東西で文化も違いますから、例えば出雲弁と石見弁の掛け合いみたいなことをしたり、あるいは大東の神楽などと石見神楽を一緒に演じたりなんてできないかなあと思ったりします。それと、前から考えていたことですが、日本中が神無月であるときに、島根だけは神在月ですから、その期間をブライダルフェスティバルみたいにできないかなあと…。
知事 神在月はまさに島根県のオンリーワンで、出雲に伝わるいい伝統文化です。我々もいろいろな機会をとらえてあちこちで神在月をPRしています。現在大社町内の旅館では、神在月にちなんだ神在御膳という料理があり、器には白木の盆などを使い、やや神々しい雰囲気で料理を出しています。特に今年は歌舞伎発祥四百年という記念の年ですから、阿国さんを中心に神在月や食べ物、阿国歌舞伎の復活など、いろいろな側面からこの地域を売り出そうと思っています。
世良 それは大いにやっていただきたいです。僕は今でも島根が本当に好きです。何か落ち着くんですよ。宣伝部長ではないけれど、何かの折には「島根県、島根県」と言って、島根を宣伝いたします。
知事 ぜひお願いします。

知事対談 ふるさとで音を楽しむ
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