笛と鼕の音が響くと神楽のお囃子に参加している実感がわきます
神々のふところ・奥出雲で伝統の神楽体験とスポーツを楽しむ
 斐伊川上流域の奥出雲は、古事記・日本書紀に登場した「スサノオノミコト」伝説のお膝元。神話に彩られた名所旧跡や歴史的文化財、古代遺跡などが、美しい山里の風景と共にロマンあふれる旅へ誘ってくれます。今回は、大東町・三刀屋町・加茂町の三町を訪ね、地域の伝統文化や健やかに暮らす地元の人たちとふれあいました。
旅のレポーター/福田小春(ふくだこはる)
旅のレポーター/福田小春(ふくだこはる)
しまね観光大使。高校卒業後、2年間東京の専門学校へ。卒業と同時にふるさと斐川町へUターン。さっそく普通免許を取得し、大好きな島根で文字通り“若葉マーク”の社会人生活を送っている。斐川町在住。


はじめての神楽体験にワクワク・ドキドキ
神楽の宿(大原郡大東町)
 
昔どおりに“生活の中にある神楽”を再現する「神楽の宿」
 神社のお祭りで奉納される神楽を鑑賞すると、お囃子とダイナミックな舞いに、思わず引き込まれてしまいます。そんな伝統的な出雲神楽の楽しさを少しでも体験できたら、と訪れたのが「神楽の宿」です。島根の代表的な伝統芸能“神楽”は、元々神のお告げを賜るための神事でした。出雲神楽は、「恵比寿」「国譲」「簸の川大蛇退治」といった神話に基づく演目を、面を着けずに舞う〈七座〉・〈式三番〉・着面して舞う〈神能〉の3部構成で演じるのが特色です。江戸時代の初めに佐太神社(鹿島町)で改革が行われ、出雲全域で発展してきました。明治の頃に神職から一般の人たちに広まり、舞い方や演奏の仕方など地域ごとの特色を生かしながら、今なお継承されています。

 「神楽の宿」は、斐の川(現在の斐伊川)でヤマタノオロチ(八岐大蛇)を退治したスサノオノミコトと稲田姫を祭る「須我神社」のそばにあります。出雲神楽の伝承と交流を目的に、平成3年に開館。築百年以上の民宿を移築したという萱葺きの建物は、それ自体が貴重な民俗資料のようです。八畳の座敷が神楽の舞台で、昔から生活の中に根付いた芸能だということを物語っています。ここでは毎月第1日曜が“神楽の日”。午後2時と夜8時の2回に分けて、神楽に興味がある人なら誰でも笛・太鼓のお囃子や舞いを楽しむことができます。管理人の黒川さんは出雲大社教の神楽師で、大東町の海潮神楽を継承する四社中の1つ「小河内神楽社中」のおひとりです。黒川さんの指導で、お囃子の太鼓にチャレンジすることにしました。
 
神楽師の黒川さんの指導で舞にチャレンジ」

 “テンテコスッテン・スッテンテン”…これが神楽のお囃子の基本的なリズムです。鼕という大太鼓と小さめの太鼓を2本のバチで叩くのですが、やってみるとこれが意外と難しいのです。拍子が狂ったり、叩きそこなったり…。途中から黒川さんの笛と合わせてみましたが、鼕に馴れてくるとだんだん速打ちになってしまいました。心を落ち着けて、丁寧に笛の音に耳を傾けながら打っていると、肩の力も抜けてきます。今まで神社で耳にしただけだった鼕の音。自分で叩くと力強く弾んだ音が身体に響き、心地良いと同時におごそかな気持ちになりました。ほかにも、神楽の台本にあたる「神能記」を見たり、演目「日本武」の稲田姫の面と衣装を身につけるといった貴重な体験は、お囃子のリズムとともに私の心の中でいつまでも響いていました。
 
稲田姫の衣装をまといました
神話の森峯寺森林公園 静けさに包まれながら、
山里を見下ろす
神話の森とお寺を散策

神話の森峯寺森林公園(飯石郡三刀屋町)
峯寺の精進料理
 出雲地方のほぼ真ん中に位置する三刀屋町。弥山山頂に広がる自然公園には、山荘や遊歩道、野鳥観察小屋、展望台、つり橋などが整備されていて、のんびりと散策を楽しむことができます。聴こえるのは、小鳥のさえずりと木立のゆれる音だけ。落ち葉を踏みしめながら歩いていると癒されるような気持ちになりました。展望台からは豊かな自然に恵まれた三刀屋の町中やお隣りの木次町が見渡せ、私の好きな島根の風景がそこにありました。
 さて、散策の後は公園内の「峯寺」へ。奈良時代の僧・役小角が開いたという真言宗のお寺は、出雲巡礼九番札所です。境内には樹齢500年を越えるスダシイの巨木が鎮座し、江戸中期に建てられた本堂と庭が長い歴史を物語っています。毎年4月15日には山伏が護摩を焚いたり火渡りをする護摩供養が行われ、1000年以上の歴史を持つこの行事は“奥出雲の火祭り”として全国でも有名なのです。峯寺には年間を通じて多くの人たちが参拝に訪れますが、松平不昧公が造らせた出雲流庭園を眺めながら、昼食に「精進料理」を味わうのも楽しみのひとつです。

 
500年以上も古くから峯寺を見守るスダシイの巨木
 お寺の住職夫人による心尽くしの料理は、まず抹茶と和菓子から。冬山の空気で冷たくなっていた指先が、抹茶茶碗を手にした時からほぐれるように温かくなります。峯寺で精進料理を供するようになったのは、30年ほど前からのこと。「お寺は信者さんのお布施で成り立っている。お寺もその人たちにお布施をしなくてはならない」という住職の考えから、巡礼に訪れたお遍路さんに食事を出していたのがきっかけでした。食べ物を粗末にしない。大根1本もすべて使い切る、という精神で旬の素材を生かした料理の評判は、お遍路さんから口コミで広がり、いつしか一般の人たちも訪れるようになったそうです。

 大根餅のみぞれ風、山芋・袋茸・松の実などを取り入れた峯寺蒸し、柚子の実をくり抜いた器に盛られた柿の和え物、なめらかなコクに満ちた名物の白和えなど次々と出されましたが、歯応えや舌触りが異なる料理は少しも飽きることがありません。精進料理というと、高野豆腐の煮物や山菜の天ぷらが目に浮かびますが、峯寺でいただく料理はどれも独創的です。真言宗は自由な宗教で、ほかの宗派ほど精進料理にも細かい決め事は無く、肉・魚以外の地元の素材を幅広く心を込めて調理すると聞き、その多彩さに驚きました。味噌・醤油といった調味料のひとつひとつにも無添加の手作りにこだわり、茶懐石の流れをくむ峯寺の精進料理。障子越しに眺める庭園の風情と共に、お腹と心に奥深く印象づけられました。

 
三刀屋町の町中が見渡せる展望台
 
茶懐石と精進料理が融合した峯寺独自のスタイル
 
奈良時代に開かれた峯寺
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