シリーズ暮らしのスケッチ
浜田市「来秋、全国豊かな海づくり大会を催す浜田漁港」
ふたたび、豊饒の海で
県内一の水揚げ高を誇る浜田漁港。
ここを会場に、来年10月5日
「全国豊かな海づくり大会」が繰り広げられる。
その開催までの日数を示すカウントダウンボードが
「364」となった日、
埠頭のあたりは、1年前イベントでにぎわった。
なかでも圧巻は大小43隻の漁船によるパレード。
彩り鮮やかな大漁旗の下で
手を振る海の男たちの、なんと誇らしげだったことか。
が、ふと大会名をなぞってみて気づく、
海はいま、豊かではないのだと。
漁業に携わる人々に、ぜひ話を聞いてみたいと思った。
取材・文/ 伊藤 ユキ子
紀行作家。出雲市出身。RKB毎日放送アナウンサーを経て、文筆活動に入る。多数の旅行情報誌にて活動。世界各国を巡ってお茶の文化を描き出した『紀行・お茶の時間』は平成10年のJTB紀行文学大賞を受賞。現在は「人」と「歴史」、暮らしに根差した「手技」をテーマに世界中を旅する紀行作家として活躍。
BB大鍋
老いてなおイカ釣り漁にいそしむ
 
来秋にも登場予定のBB大鍋。地元の食材のみで作る。「ビービー」は浜田の子ども言葉で魚のこととか
 よりによって海に三角波が立つ時化の日に、訪ねることになってしまった。漁具小屋の前で、突然降りだした雨に目をやりながら「風が変わるぞ」と、中里仲四郎さんがつぶやく。73歳、板子一枚下に何度も地獄を見てきた漁師だ、頭より先に体が気象を読んでしまう。
ほどなくして風は向きをやや転じ、北西のほうから激しく吹きつけ始めた。もはや雨は横なぐりとなり、舗装路の上を滑っていく。すぐそこの岸壁に横付けされている「長正丸」も、揺れつつ雨に打たれている。
 この小型船で沖へ30分〜1時間出たところが中里さんの漁場だ。狙う獲物は、イカ。いまや釣り具も機械化され、船縁に四つ設置されているそうな。秋はケンサキイカの盛漁期というから、さぞや悪天候が恨めしかろうと察したが、もともと思うさま漁ができないような状態が続いているのだと嘆く。
 原因のひとつが、越前クラゲの異常発生だ。傘の直径が1〜2メートルもあるクラゲが無数に浮遊しているのだという。おまけに、これまた無数に紛れ込んできたサワラの子が、鋭い歯で釣り糸を切ったり、イカを食いちぎったりと、したい放題の悪さをする。
 「困ったもんでねえ。被害甚大ですよ。東シナ海あたりから対馬暖流にのって日本海を北上してくる。水温が高いんでしょう、南極海の氷が解けるような時代ですからね。海の中の環境も昔とはずいぶん違ってきました」
 
漁師になって57年の中里仲四郎さん。戦後の漁業の変遷をつぶさに知る
 ため息ついて諦め顔・・・・・。だが、長年の習性で、凪だと海へ出ずにはいられない。
 結婚して半世紀を越えたという妻の美代子さんが言う。8年前、漁協の組合長を務め終えたときに引退するものとばかり思っていたが、「船を売りんさらんかった」と。
「用心深い人なんで、漁に出たあと心配でやれん、なんてこともないし、ま、家でぶらぶらされるよりはよかったかなと思いますね」
 イカ漁は夜間操業だ。漁場を目指すのが、夕方から。夫は妻が用意したおにぎり持参で出港する。闇に溶けた海で集魚灯をともし、寄ってくるイカを釣り上げて、市場に荷揚げするのが早朝。妻も4時半には駆けつけ、箱詰め作業を手伝う。帰宅するや、朝ご飯の支度だ。夫はひと風呂浴びて空腹を満たし、缶ビールを1本飲んで眠りにつく。妻は食事の後片付けもそこそこに加工場へ。美代子さんとて現役ばりばりの働き手なのである。
 年を越せばヤリイカ漁の季節。「お父さん、今年も子持ちイカがたくさんくるといいね」と、期待がふくらむ。オスよりはるかに高値がつくからだ。中里さん、ヤリイカは機械に任せず、手で釣る。美代子さんに塩漬けにしてもらったアナゴを刻み、まいて、糸を垂らすのだという。ひとつかかれば、それが「招き」となって次々と浮き上がってくる。多いときは400〜500杯も・・・・・と語る表情は、心底愉しげだ。釣りながら、つい算盤をはじき、ほくそえんでしまうのだと照れ笑いする。

次へ

46号indexへ46号indexへ