写真
雪舟庭園で有名な医光寺の総門

島根文人紀行 齋藤茂吉

 アララギ派の歌人として知られ、現代歌聖と言われた齋藤茂吉。その茂吉が20年もの歳月にわたって関わることになる万葉の歌聖「柿本人麻呂」の終焉の地、鴨山の調査を兼ねて最初に益田を訪れたのが、昭和5年11月。
 茂吉著の「手帳の記」から、友人たちと気兼ねなく旅した茂吉の楽しい様子がうかがわれる。

齋藤茂吉(さいとう もきち)(1882-1953)
歌人。山形県生まれ。昭和41年「アララギ」創刊に加わり編集を担当する。43年東京大学医学部を卒業、精神科医として巣鴨病院に勤務。大正2年歌集『赤光』を出版して一躍名を馳せる。柿本人麻呂研究踏査のため6回来県している。島根県についての随筆は、『手帳の記』の他に『石見瞥見記』『鴨山踏査余録』『備後石見紀行』などがある。
齋藤茂吉写真

[ Next ]

島根文人紀行
[ Index ]