島根の文化を生かした地域づくり
知事対談|有馬稲子(女優)/澄田信義(島根県知事)
有馬稲子さんと澄田知事
有馬稲子
女優・大阪府池田市生まれ。4歳から13歳まで韓国釜山で暮らす。昭和23年、宝塚音楽学校入学。以来、“より本格的な演技”の道を歩み続ける。昭和29年、「にんじんくらぶ」に岸恵子、久我美子と参加。昭和30年代には、「東京暮色」「わが愛」など、日本映画の黄金時代を築いた数多くの名作に出演。昭和40年代からは舞台に情熱を傾け、中でも「はなれ瞽女おりん」「越前竹人形」はライフワークとなる。昭和55年紀伊国屋演劇賞、昭和63年芸術選奨文部大臣賞など受賞多数。平成7年、紫綬褒章受章。また、自伝「バラと痛恨の日々」出版。平成12年4月、八雲村「しいの実シアター」名誉館長就任。
  澄田信義
島根県知事。島根県出雲市出身。東京大学法学部卒。和歌山県警察本部長、日本国有鉄道常務理事を経て、昭和62年より現職。現在4期目。
地域で育つ文化にエールを
知事 有馬さんには、今年4月、八束郡八雲村の「しいの実シアター」の名誉館長にご就任いただきありがとうございます。その劇場を拠点として活動している「劇団あしぶえ」との最初のご縁はどういうものだったのですか。
有馬 平成7年の「しいの実シアター」こけら落とし公演に、朗読で出演しました。そのとき、劇団の代表で演出家である園山土筆さんにお会いして芝居に対する熱意にあおられ、私に応援できることがあればと思ったんです。自分たちの力でいろいろな人々を説得してあの劇場を建てられた情熱はすごいですよね。
知事 はい。長年松江市で活動していた「劇団あしぶえ」は、私どもの島根県文化奨励賞を平成4年に受けられましたが、それからも目覚ましいご活躍です。
有馬 昨年は「しいの実シアター」で国際演劇祭もなさった。島根のような地方で、そういう活動を強烈に進めることはとても大事なことだと思います。
知事 おっしゃるとおりです。島根県では平成3年に22億円の基金で始めた「しまね文化ファンド」がありますが、「劇団あしぶえ」をはじめ、演劇だけでなく地域でいろいろな文化活動に従事しておられる方々を、今まで約6億2千万円応援いたしました。
有馬 ぜひ応援してあげてください。現代は、誰もが心の空洞化を感じている時代ですから、演劇などを見るゆとりを持ち、心豊かになることがとても大切だと思います。

豊かな文化を生かし、伝える
知事 私は有馬さんがデビューされたころからのファンで「にんじんくらぶ」を結成されたのも覚えています。
有馬 ありがとうございます。おかげさまで昨年、芸能生活50周年を迎えました。
知事 宝塚に始まり、映画、演劇をずっと続けてこられた秘訣はどこにあるんですか。
有馬 秘訣というより、私には才能がなかったからだと思うんです。今でも下手だと思っていますから、素晴らしい仕事をさせていただいてもまだ満足できなくて、もう少しマシになりたいと思いながら50年たったんですね。
知事 もう少し、と思うその気持ちですね。その間には島根県にもずいぶんお越しいただきました。
有馬 ええ。これまで何度も参りました。松江市には、私の代表作といわれる「はなれ瞽女(ごぜ)おりん」の芝居で2回来ました。松江城の周辺が好きですし、小泉八雲さんの旧宅には3回行ったかしら。俳優の芦田伸介さんが、ご自分のふるさとである松江をいつも自慢していらっしゃいましたが、しっとりして本当にいい街。宍道湖が街の真ん中にあって、水もきれいなんですよね。
知事 はい。水も空気もきれいで、食べ物もお酒もおいしいんです。
有馬 当然そうですよね。私、シジミが大好きですけれど、以前、スズキを何かで包んだものを食べて、おいしくて感心しました。
知事 和紙で包んだスズキの奉書焼きですね。宍道湖で取れる魚を使った宍道湖七珍料理というのがありますが、シジミやスズキも七珍の一つです。それと、松江は昔から茶道が盛んでおいしい和菓子もたくさんあります。
有馬 京都、金沢と並ぶ和菓子所ですものね。
知事 はい。平成元年に松江市で開催した全国菓子博覧会は、大変好評をいただきました。有馬さんもご出演だったNHK朝の連続ドラマ「あすか」は和菓子がテーマで「一生一品」という言葉が出てきましたが、島根県にも「山川」「若草」「菜種の里」など、全国に誇れる伝統的な和菓子があるんです。
有馬 私も和菓子は好きですけれど、和菓子には一つ一つに名前があることを、あのドラマで初めて知りました。また、私は一つの芝居で4ヵ月くらい全国各地を回りますからその土地の気質がよく分かります。島根の方たちは、茶道などのほかはややおとなしいという印象がありましたが違うんですよね。
知事 ええ。そういう印象はあると思いますが、時々それを打ち破るような女性が出てくる。園山さんもそうですし、古くは歌舞伎の始祖である出雲阿国(いずものおくに)や、松江藩取りつぶしの危機を救った玄丹おかよ。また、ラフカディオ・ハーン、つまり小泉八雲の妻セツなどがいます。
有馬 そうですね。控え目だけれど芯は強い。
知事 セツが昔からの怪談や民話を八雲に教え、そして八雲が素晴らしい作品を書いた。たった一年しか島根にはいなかったけれど、島根を非常に高く評価したんですね。
有馬 八雲が死ぬまで日本を愛したのは、島根や日本、そして日本人が良かったんですよ。島根には今でも日本の良さが残っているのが心強いので、ぜひこれからも残してほしいと思います。ただいつも思うのは、日本人は誠実で、慎み深く、礼儀正しいなど、いい面がいっぱいあったのに、それがどんどん壊れている。どうしたらいいんでしょう。
知事 やはり、文化ではないでしょうか。もちろん、合理性や効率性を徹底することで人間生活は豊かになりますが、それだけではなく、昔から連綿と伝わる文化を生かしていくのがこれからの生き方だと考えています。

塩見縄手の一角にある小泉八雲旧居
塩見縄手の一角にある小泉八雲旧居

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