私  と  島  根
杉浦 日向子

 訪れるたびに違う顔を見せてくれる島根県は、歴史の長さと地理的な東西の長さが魅力的で、私の大好きな県の一つです。

 私は旅をするとき、たいてい陸路でその土地へ入り、自分の勘を頼りに町を歩き回ります。それは、なるべく距離分の時間をかけて道中を楽しまなければ東京を飛び出したかいがないし、観光巡りだけでは味気ないと思うからです。島根県は、そんな私の気持ちを裏切らないところであり、リピーターになって初めてわかる奥深さを、それぞれの町が持っています。

 最初に島根県を訪れたのはずいぶん前のことですが、これまで、出雲、石見、隠岐のあちこちへ何度も伺いました。

心を豊かにする島根

 中でも、ボーイフレンドがいた松江市には多くの友人がいて、みんな城下町らしいダンディズムを身に備えたロマンチスト。東京の男にはない懐の深さを感じます。また、グルメぞろいで、誰の後についていっても必ずおいしいものに出会えます。特に懐かしいのが、昨年の夏に閉店した松本そば店。おやじさんの人柄も良く、おいしい出雲そばの味が楽しめた忘れられない店の一つです。

 ほかにも、宍道湖しんじこの美しい夕日や、その宍道湖でとれるヤマトシジミの入った駅弁「しじみのもぐり寿司」は、私のお気に入り。また、湖の北側を走る一畑電車は、昔懐かしい車体が周囲の景観にとけ込む心地良い乗り物ですし、長い海岸線に沿った山陰本線の、車窓から眺める日本海の雄大さは、いつ見ても心に染みるものがあります。

 そして、仁摩にま町のサンドミュージアムにある一年砂時計を目の当たりにしたときのこと。過ぎていった時間が小山のように下にたまっているのを見て、時間は消えていくのではなく積み重なっていくという事実を、自分の目で確認することができたうれしさは、本当に得難い感動でした。

 もともと日本の表玄関として古くから栄え、日本の文化を背負って立つような島根県。そこに暮らす人たちが郷土を愛し、伝統と歴史を重んじながら、決して流されないトラディショナルの誇りを持っていることに尊敬の念を抱きます。

 島根の人たちの押し付けがましくない郷土への自信が、これからも続いていくことを信じながら、私はまた、心のぜいたくを求めて島根県を訪れたいと思います。(談)

杉浦日向子 写真
すぎうら ひなこ
文筆業。元漫画家。
1958年東京生まれ。日本大学芸術学部中退。大学中退後、江戸文化に興味を持ち時代考証を学ぶ傍ら、'80年「月刊漫画ガロ」で漫画家としてデビュー。以後、江戸時代を舞台としたユニークな作品を発表。'84年「含葬」で日本漫画家協会賞優秀賞、'88年「風流江戸雀」で文芸春秋漫画賞受賞。'93年、江戸の妖怪を描いた「百物語」が完結したのを機に漫画家を廃業し、隠居宣言。漫画全集「杉浦日向子全集」、エッセイ集「江戸へようこそ」など著書多数。現在、NHK番組「お江戸でござる」に出演中。
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夕暮れの松江大橋。橋の向こう側には宍道湖が広がっている。(松江市)

[ 三浦 朱門 / 杉浦 日向子 ]