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神話の時代から湧き続ける船通山の清水
しまねの鼓動
 よこたちょう
◆横田町

全国のそろばん生産量の70%を占める横田町。熟練の技で作り上げられる雲州うんしゅうそろばんと、日本で唯一伝統的なたたら吹き製鉄の炎を燃やす日刀保にっとうほたたらは、工芸の里・横田の象徴だ。古くからの工芸の歴史と、もの作りの盛んな地域特性を生かした町づくりは、工芸家のみならず全国の夢追い人から注目されている。

鉄と木と匠たくみの歴史
 ヤマタノオロチ伝説の主役スサノオノミコトが、高天原たかまがはらから追放された時に降り立ったといわれる横田町は、島根県東南部の奥出雲地方に位置する。標高約500メートルの高原盆地に、斐伊川の源流となる清冽せいれつな清水が湧き出す中国山地の山々がなだらかに続く県境の町だ。

 奥出雲と呼ばれるこの地域では、古代より砂鉄を使ったたたら製鉄が盛んで、明治時代までは日本の鉄の大半を生産していた。戦後途絶えていたたたら製鉄は、昭和52年に日刀保たたらで操業が再開され、刀の原料「玉鋼たまはがね」を全国の刀匠に供給している。

 そろばん作りは江戸時代末期から新しい地場産業として定着し、高級そろばん「雲州そろばん」の産地としてこの町の名を全国に知らしめた。

 これらの歴史を引き継ぎ、国の選定保存技術保持者であるたたら製鉄の村下むらげ、同じく国の伝統工芸士に認定されているそろばん職人をはじめ、刀匠や野鍛冶師、こけら葺き職人など、伝統的な工芸技術を持った匠が多数活躍しているこの町では、平成6年から「奥出雲手づくり村構想」が進められている。

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1300℃にも達するたたらの炎
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ここ2、3年で開かれた5つの窯元もUIターンの受け皿のひとつ
全国から「夢ある人」がやって来た
 町を工芸のメッカにすることで、定住対策と交流人口の拡大に結びつけようと始まったこの構想は、全国の工芸家を誘致することからスタートした。

 若者向け賃貸住宅、町営住宅の整備とともに、町内の空き家を住宅として提供する「空き家バンク」を利用し、工芸家の住いを確保。

 一方で、平成8年に「奥出雲陶芸研究所」、平成9年には山陰初の本格的なデザイン学校である「島根デザイン専門学校」も開校し、若手工芸家の育成にも力を入れてきた。その結果、陶芸研究所を修了した33名の内、12名が町内に定住して作家活動を行っている。また、染色家、刀匠、ガラス工芸家、組木作家、日本刺繍家などが全国から移住し町内で活躍中だ。

 工芸以外でもオートキャンプ場経営者、町の「農業インターン制度」を利用して農業に就いた人など、家族を含めると190人以上がUIターンでこの町にやって来ている。さらに、共同アトリエや窯元が開設され、研修や雇用の受け皿ができてきている。住民の意識にも変化が現れており、この構想は着実に町に根付きつつある。

 奥出雲おろちループや斐乃上ひのかみ温泉、三井野原みいのはらスキー場など多くの観光資源もある横田町。「この地の特長を生かしたものを作り上げ、県内外にアピールできる町にしていきたい」と中津恵吉町長(65)は話す。

 現在、手づくり村を核として地域の自然や生活文化などを自由に見学、体験できる「エコミュージアム構想」を進めている横田町。「町がまるごと博物館」になる日が楽しみだ。

topics そろばん交流委員会
topics そろばん交流委員会
 「小さな国際都市」が合い言葉の横田町。住民が組織する「そろばん交流委員会」は、そろばんを使ったユニークな国際交流を積極的に推進している。
 町内の中学生をニュージーランドやタイにそろばん大使として派遣したり、タイでそろばん指導者養成講座を開催するなど活発な活動を行っている。タイではそろばんが小学校の正式カリキュラムに取り入れられ、一方、町内には「タイクラブ」が結成されるなどの成果をあげ、自治大臣表彰も受けた。
 同委員会の岩佐副会長が、「同じアジアの国として、向こうから一人でも多くの人に来てもらえるよう交流を深めていきたい」と語る通り、まだまだそろばん交流は広がっていきそうだ。

地図
[ 横田町 / 羽須美村 ]