写真知事対談 島根の魅力ある文化を語る
ウミネコが乱舞する経島。毎年11月から7月にかけて約五千羽もの姿が見られ、
ニャーニャーという猫に似た鳴き声でにぎやかだ。(大社町)

宮本信子 宮本信子
女優。北海道小樽市出身。
文学座付属演劇研究所、劇団青芸、劇団青俳を経て昭和47年よりフリー、平成2年東宝芸能に所属。昭和39年のデビュー以来、テレビ、映画、舞台等で活躍。昭和44年、故伊丹十三氏と結婚して10年間休養の後、昭和59年、夫の初監督作品「お葬式」で映画初主演して大ヒット。以後、「タンポポ」「マルサの女」「あげまん」「ミンボーの女」など、夫と組んだ映画が次々とヒットする。特に「マルサの女」では、シカゴ国際映画祭最優秀主演女優賞、日本アカデミー賞最優秀主演女優賞、キネマ旬報賞主演女優賞など多数受賞。平成11年8月松竹座で、安来節をテーマにした「うさぎ一座物語」の主役を務めた。
澄田信義 澄田信義
島根県知事。島根県出雲市出身。東京大学法学部卒。和歌山県警察本部長、日本国有鉄道常務理事を経て、昭和62年より現職。現在4期目。
島根の豊かな伝統芸能
知事 宮本さんは、平成11年8月に「うさぎ一座物語」の舞台で主役を演じられましたが、島根県の安来節をテーマにした作品ということで非常に喜びました。公演前の6月には、島根にお越しいただいたそうですね。
宮本 ええ。安来を知らないと、役づくりはできません。芸人の歴史には残らないけれど、安来節が本当に好きな女の子の話ですから。そのとき知ったんですが、安来節初代家元渡部お糸さんのお母さんはノブというんですよね。私も信子ですから、ノブ。
知事 私もノブ、信義といいます。
宮本 あっ、一緒ですね(笑)。しかも、お糸さんが亡くなったのが、私の誕生日と同じ3月27日。すごく縁を感じました。安来の方は、どなたでもすぐ「♪やす−ぎぃ〜」って歌ってくださるのには、びっくりしましたね。
知事 私が若いころには、お酒が入るとみんなが即興で世の中の出来事を折り込んだ歌詞を作り、次々と安来節を歌ったものです。現在、安来市では小、中学校でも、その保存に一生懸命努力しています。
宮本 私たちの公演中に楽屋では、衣装部の人たちが手の運動やボケ防止にいいとか言って、銭太鼓がはやっていたんです。「役者が駄目な時には、衣装部さん出てよ」(笑)と、冗談で話してました。
知事 一斉にやるとなかなか楽しいですからね。島根県の民謡にはほかに、浜田の浜田節や、隠岐島のしげさ節、キンニャモニャ……。
宮本 えっ、キンニモニ?(笑)
知事 キンニャモニャといいます。これは、キンニャモニャという歌に合わせて踊るユーモラスなものです。また、出雲と石見に神楽もあり、今でも三十三演目あるといわれていますが、その中でも有名なのがスサノオノミコトのオロチ退治。
宮本 おもしろそうですね。
知事 非常に勇壮ですが、オロチの扮装やスサノオノミコトの面は紙で作っているんです。
宮本 へえーっ、和紙ですか。
知事 だから非常に軽いし、それがひとつの地場産業でもある。そして職場とかあるいは集落単位で神楽を演ずる社中がたくさんあります。島根は伝統芸能の宝庫ですから、それを生かし、保存伝承していくことが大切だと思っています。


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