写真
十六島海苔のほのかな潮の香りがたちのぼる雑煮は、新年の食卓にあたたかさを添える。
美味お国自慢十六島海苔
正月の雑煮に欠かせない食材として、
古くから珍重されてきた十六島海苔。
自然が生み出した芸術品ともいえる貴重な特産品は、
年の初めを祝うのに相応しい繊細さと
気品を備えた海からの贈り物だ。
 う っ ぷ る い
十六島海苔
ひらたし
〈平田市〉

島根県の東部から、東は鳥取県米子地方、南は県境に近い広島県の比婆ひば地方にかけては、餅と海苔を基本にしたシンプルな雑煮を食べる。その雑煮に欠かせないのが、古くから珍重されてきた十六島海苔だ。

十六島うっぷるいというのは地名で、語源には諸説がある。その昔、少彦名命すくなひこなのみことという神様がこの地で海苔をはぎ取り、海水に浸し幾度も打ち振り、大社に持参したという。その「打ち振り」が訛ったという説。また、朝鮮語のウルピロイ(巨大な岩)が変化したという説もある。

島根半島の北東部、平田市の日本海側にある、その十六島湾近辺でしか採れない海苔は、12月から3月にかけて、糸のような細長い葉体が成長しながら自然に粘着し、布のように連なって平坦な岩床に付着する。きめが細かく髪の毛のようにしなやかで、紫色をともなった漆黒の光沢と鮮やかな磯の香りを放つこの海苔は、まるで自然が生んだ芸術品のようだ。

十六島海苔を用いた雑煮は、まず、昆布と鰹節のだし汁を醤油や塩で味を整え、そのつゆに餅を入れる。そして日本酒を振りかけ、ほぐしておいた海苔を添えて食べる。湯気の中で白い餅を覆うように黒々と緩やかに広がる海苔は、繊細な歯ごたえと、ほのかな潮の香りを放ち、軟らかな餅の食感とともに正月を実感させてくれる。

十六島海苔の歴史は古く、奈良・平安時代にはすでに貢納品として朝廷に贈られていたことが出雲国風土記に記されている。江戸時代には将軍家への献上品にされ、各種の料理や茶席にも用いられて全国的に名前が知られるようになった。そのころ、松江市の武家の間で餅と海苔で雑煮を食べる習慣が始まったといわれている。

十六島海苔の採取は12月上旬から始まる。冬の日本海の高波と海苔のぬめりで滑りやすくなっている岩場に出かけ、絨毯じゅうたんのように張り付いている海苔を指先で巻き付けるようにして採るのは、「シマゴ」と呼ばれる女性たち。スパイク付きの地下足袋を履き、波をかぶりながらの作業は寒さと危険にさらされている。そうして岩肌からはぎ取った海苔は、1日ほど天日で干され「干し海苔」と呼ばれる製品になり、100グラム4000円から1万2000円で販売される。

近年、生産者が頭を悩ませているのは、シマゴの後継者不足と収穫量だ。現在約40人いるシマゴの平均年齢は60歳を越えるが、新たな後継者はいない。また、地球温暖化による暖冬化も深刻な現象だ。それもそのはず、十六島海苔は、水温が18℃以下でなければ胞子を出さないのだ。そのため収穫量は、最盛期の昭和40年代に比べ約半分になってしまっている。

しかし、生産者の1人渡部浩次さん(52)は、「ここの海苔はすべてにおいて一級品。数少ない純天然の特産品を、我々はどうにかして守っていくつもりです」と、力強く語る。

この地方の雑煮に欠かせないこの十六島海苔は、単なる食材ではなく正月文化の1つだ。そんな歴史ある特産品への誇りと情熱が、冬の荒波に向かっていくシマゴの姿に重なる。

◎問い合わせ先
島根県物産観光館
TEL0852−22−5758

写真
装備は近代化されても器用な女性の手が海苔をつみ取る姿はその昔から変わらない。