初めて隠岐に行く
坂田 明


今年の9月初頭、生まれて初めて隠岐へ行った。羽田から伊丹へ、そこから僕の好きなYS-11というターボプロップの国産旅客機に乗り換えて隠岐空港に行く。

YS-11は優秀な旅客機だ。プロペラが回りだすとブーンという音とキーンというジェットタービンの音が混じる。ブーンというのは子供の時に上空から聴こえてきたプロペラ機の音だが、これが体に気持ちよくて大好きだ。

隠岐空港は遠くに日本海が見渡せる低い山のてっぺんにあった。空港ビルヘは歩いて行く。建物は小さく、そこがなぜか与那国空港のような錯覚に陥る。暖かい南風が吹いていたせいかもしれない。南国のニオイがした。

迎えの車で、急な曲がりくねった道を下がるとすぐに西郷町という港町に入った。

西郷港は入り口の両側からカニのハサミのような岬が張り出し、港の中は横に奥が深い。天然の良港である。張り出した両側の岬には緑がいっぱいで、それが水際まで達している。自然の風景がそのまま人の暮らしの中にあってまことに美しく、ここが北海道の屈斜路湖ではないかと目をうたがう程に神秘的である。

その景色は縄文時代を想わせるもので驚いた。タイムトラベルみたいな気になる。

夕方からの講演会を済ませてホテルヘ戻る。部屋の窓を開けてみると外は闇に包まれていた。港の入り□のはるか彼方、そこには輝く光の塊が低く深く浮かんでいた。イカ釣り漁船の強力な漁り火に違いない。風の柔らかい肌ざわりが顔に当たる。深く息を吸い込むと、時は一瞬停止して闇の中の自分の体が安らぎで揺らぐ。

翌日の午前中、車で白島展望台へ行き、その帰りは新築の牛突き場や、隠岐国分寺、玉若酢命神社や八百杉を見た。古代の驛伝えきでんの印である驛鈴えきれいのレプリカをみやげに買った。これは自分の音楽に使うつもりだ。

一瞬の隠岐との出会いでしかなかったかもしれないが、なぜかガビーンという強い感銘を受けてしまった。それは自然の凄さと、その中で暮らしてきた人々が時代の流れに翻弄されながらも生き抜いてきた歴史の重さなのであろう。

坂田明 写真
さかた あきら
サックス・クラリネット奏者。1969年東京でグループ『細胞分裂』を結成。1972年から7年間『山下洋輔トリオ』に参加。1980年より様々な形態のグループの結成、解体を繰り返しながらミュージック・シーンの最前線を走り続ける。海外での演奏も多く、訪れた国は50数カ国にわたる。現在はユニット「ハルパクチコイダ」を中心に活動。9月に隠岐島で行われた「しまね地域伝統芸能まつり」では<風景と音楽>をテーマに講演を行った。
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隠岐国驛鈴おきのくにえきれい(億岐家所蔵)。驛鈴は、律令時代、駅使が乗用を許された駅馬の匹数を刻んだ鈴。澄みきった音色が、古代の響きを今に伝えている。

[ 坂田明 / 金沢明子 ]