写真
夕景につつまれた隠岐の海
「我こそは 新島もりよ 隠岐の海の 荒き浪かぜ 心して吹け」我こそは新しくやってきた島守だよ。隠岐の海の荒い浪風よ、十分気をつけて吹けよ。
和歌に詠まれた

島 根
この和歌の作者は、後鳥羽上皇。上皇は、承久3(1221)年に時の権力者、鎌倉幕府の北条義時を討つよう命令をだしたが、あっさり敗北した。これを承久の乱とよぶ。隠岐に流された上皇は、わずかな伴人と島前どうぜん(現 海士あま町海士)の源福げんぷく寺で余生を送ったという。上皇は、道中や隠岐でさまざまな和歌を詠んでおり、この歌からは、京から遠く離れた隠岐に流されても、なお権力者としての威儀を保とうとする姿勢がうかがえる。歌に詠まれた隠岐は、奈良時代に遠流の地と定められ、それ以来、小野篁おののたかむら、後醍醐天皇など政治事件に巻込まれた人びとや、一般の罪人もここに流された。
(田村葉子・松江市在住)