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栽培時、水をかけるたびに大きくなる出西しょうが。
種芋の10倍もの大きさになるものもある。
美味・お国自慢出西しょうが
しゅっさい
出西しょうが〈斐川町〉
鮮やかな味が季節とともに記憶に残る旬の食材。
その土地でしか生まれることのない、
幻のショウガは、
人々の思い出の中で生き続け、
今、再び甦ろうとしている。

出雲平野の西部、宍道湖を北東に八俣大蛇やまたのおろち伝説の斐伊川を西境に持つ斐川町。町の西端にある出西地区で栽培されるのが、400年の歴史を誇る「出西しょうが」である。

7月下旬から10月まで収穫される出西しょうがは、黄色がかったみずみずしい白色の塊が、親指大に株別れしてつながっている「小ショウガ」。普通のショウガにある堅い繊維質がほとんどなく、美しい見た目とは裏腹に、ピリッとした強烈な辛みに加わる上品な香りと、シャキシャキとした歯ごたえの良さが小さな姿に凝縮されている。

酢漬けやこうじ漬け、甘辛煮や生姜飯などのほか、季節のイカや青魚の刺身を引き立てる薬味としても重宝されるが、その食べやすさからか、千切りをしょう油とカツオ節であえただけのサラダ風も好まれる。確かな歯ごたえを楽しんで噛みしめると、舌の上と喉の奥に小気味よい辛さが広がって一呼吸後に汗が噴き出すが、口中に残った爽やかな余韻に再び手が出てしまう。夏の暑さと共に鮮烈に記憶に残る味わいだ。

明治時代から昭和30年代にかけて盛んに生産され、東は鳥取県米子市から南は広島県の東城町辺りまで「嫁にやるなら出西郷へ、ショウガの匂いで風邪ひかぬ」とうたわれるほど広く名が通っていた出西しょうがも、40年代に入って他県産の安いショウガが流通し始めると生産農家が減り、近年では数えるほどの農家が自家消費分を栽培するだけになってしまった。

そこで、同町特産開発振興会の若手グループが中心になり、昨年春からこの特産品の復活を目指して5戸の農家に生産を委託し、250キログラムの種芋を栽培。地元郵便局の協力を得て500箱のゆうパックを販売すると同時に、東京の日本料理店やフランス料理店に食材として使ってもらい好評を得た。今年は500キログラムを植え付け、1000箱の販売を目指している。さらには町内に完成する道の駅での販売を決め、シャーベットや漬け物などの加工品を試作し可能性を探るなどその活動は積極的だ。幻となってしまった味の復活は、今、確実に歩みを進めつつある。

ところで、出西しょうがの由来は実に不思議だ。その昔、九州から出西村に流れ着いた御神体を八幡宮として奉ったところ、その宮の周りにショウガが自生したのがその始まりと伝えられている。更に不思議なことには、少し離れた町内の地区や斐伊川を越えた出雲市に同じ種芋を植えても普通のショウガに育ってしまう。豊富な斐伊川の伏流水や水はけの良い砂状土という環境が整った、「出西」という土地が生みだすこの土地だけの特産品なのだ。

それにしてもなぜ出西地区でしかこのショウガはできないのだろうか。栽培農家の人は、「不思議なことは不思議なこととしておきましょう。私達は出西しょうがを作り続けることで、その素晴らしさを伝えていくだけですよ」と、笑うばかりだ。

◎問い合わせ先/荘原郵便局 TEL0853-72-0700

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栽培農家の願いは、出西しょうがの栽培が広がることだ。


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