島根

ハーンと阿国
山田太一

あまりに定番だが私の島根体験は、松江と出雲である。その上、松江は小泉八雲の取材が初訪問だから定番すぎて面目ないくらいである。昭和58年に、翌年放送のラフカディオ・ハーンのテレビドラマ「日本の面影」のために訪ねた。

なにしろ島根を「神々の国」と思っているハーンの目で風物を見るから、いつの間にか現代的なものは見まいとしてしまう。その時は、宍道湖の夕景の美しさ、田園の松の見事さに心を奪われ、帰って回想すると、コンクリートの松江大橋がどうしても木の橋だったような気がして、夜中に取材写真のファイルをめくって確かめたりした。

数年後そのドラマを舞台の脚本に書き、ハーンを風間杜夫さんにやって貰った。その時、松江公演があり、島根のお客様はどんなふうに見て下さるかと、松江に向った。ところが風雨が強くて飛行機が欠航し、急いで列車に切り替えたのだが、会場ヘタクシーで着くと丁度終ったところで、正面は見る見る帰る人達で溢れてしまった。残念だった。

その時は、ハーンを一番大切にしている土地の人々の反応を見損なって無念だったのだが、今年の2月、出雲市を訪ねて、島根は土地の人々の芝居が随分盛んなところだと知った。戦争直後の、まだ日本がどん底の頃にも、いくつもの脚本が地元の上演のために書かれ、占領軍の検閲を受けているのである。芝居の見巧者の反応も見損なったのだと知って、二重に残念だった。

しかし嬉しいこともあった。その芝居好きの人たちの公演に、ほんの少し関ることが出来たのである。大社町の人達の劇団・阿国座が、出雲の阿国を題材にした戯曲を全国に向けて募集した。誰にでも書ける題材ではない。にもかかわらず13篇も集った。さすがは出雲の阿国である。どれも力作であった。私は選者の末席に加えていただき、大変だが楽しい時間をすごした。雪の出雲大社も経験した。阿国の墓にもお参りした。来年3月の公演が待ち遠しい。私には阿国とハーンの島根である。

山田太一 写真

やまだたいち
シナリオライター・小説家。昭和9年東京生まれ。33年松竹入社。木下恵介氏のもとで助監督となる。40年フリーになり、主としてテレビドラマのライターとして、次々に話題作を発表。代表作に「それぞれの秋」「岸辺のアルバム」「ふぞろいの林檎たち」「日本の面影」他多数。著書に「異人たちとの夏」、エッセイ集「路上のボールペン」など。
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夕景の松江大橋

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