あゆ 美味・お国自慢
あゆ〈益田市〉
益田市内をゆるやかに流れゆく
清流高津川の夏を象徴するアユ。
今年も、母なる川の恵みを受けた
豊かな味わいと香りが
待ちわびた人々を和ませる。

万葉の歌人柿本人麻呂の生誕地と伝えられ、画聖雪舟が流浪の果てに安住の地と定めた益田市。日本海に面し、四季折々の山海の恵みにあふれたこの町で、夏から秋の味覚を代表するのが全国的に名高い高津川のアユだ。

毎年6月1日、アユ漁の解禁を迎えた高津川は一足早い夏を迎える。太公望たちは、針を6〜7カ所付けた竿を水中で引く「コロガシ」と呼ばれる高津川独特の釣法や、おとりアユを使う友釣りなどで競って釣り糸を垂らす。中でも、鵜をつながずに漁をする「放し鵜飼い」は全国でも益田市だけで行われる珍しい漁法で、400年の伝統を受け継いでいる。

アユは、わずか1年の生涯を海と川で過ごす回遊魚であり、スイカに似た甘く爽やかな香りを放つという特徴から「年魚」「香魚」とも呼ばれる。また、海で過ごす稚魚の時期は動物性プランクトンを、川を上り始めると藻だけを食べるという食性があり、藻を巡ってアユ同士で縄張り争いをする習性もある。

江の川、斐伊川に次ぎ県内3番目の規模を誇る高津川は、全国で唯一ダムのない一級河川だ。せき止められることのない水は常に澄み、良質の川藻が豊富に繁茂する。アユの成長に最適なこの環境が、味・香・形とも最高級のアユを育むのだ。

10月から11月にかけて、河口付近に産み付けられた卵がふ化すると、高津川のアユの1年が始まる。海へ流された稚魚は南へ向かう暖流に乗り、山口県長門市仙崎沖で冬を越す。そして、翌年の1月ごろ、今度は北へ流れる暖流に乗って海を渡り、自分が生まれた高津川へと戻ってくるのだ。毎年3月20日前後になると、幅40センチ、長さ20メートルにも及ぶ群れを作りそ上するアユの姿を見ることができる。その後、9月になると、アユは産卵のために川を下り始め、河口から2〜4キロ上流地点で1匹約4万粒の卵を産み一生を終える。

この1年の内、7月末から8月末までの約1カ月間がアユの旬であり、12月いっぱいまで行われる高津川のアユ漁も9月末までが最盛期となる。このとれたてのアユをたっぷり使ったのが、最近、益田市で名物となっているアユのフルコース料理だ。「川の女王」と称されるアユ本来の風味を最も堪能できる「塩焼き」をはじめ、腹ではなく背中から開いたアユを1匹使った押し寿司風の「アユ寿司」、程よい苦味が酒の肴にぴったりの「にがうるか」など、豪華な品そろえで人気を呼んでいる。

これらのアユ料理は、昔ながらの家庭料理が中心となったものだ。秋に入ってからも余るほどアユがとれた時代には、酢飯を腹に詰めたこの地方独特の「アユ姿寿司」が秋祭りに食べられていた。その腹わたを塩漬けにして自家製の「にがうるか」を何キロも作り、正月には、炭火であぶった干しアユをだしにした雑煮が当り前だったという。現在では想像もつかないほど、アユは1年を通じてあらゆる場面に登場する身近な食材だったのだ。

家庭の食卓のなじみだったアユも、昨今の環境の変化には逆らえない。30年前まで170トンあった漁獲量は、近年では70〜80トンに減少した。流域の市町村や漁業協同組合は高津川振興協議会を結成し、河川工事の事前協議などを行って、アユをはじめとする流域の生物たちの住みかを狭めないよう努力している。

古くからこの地方の風土に深く関わり、人々の暮らしを見つめ続けてきたアユ。移り変わる時代の流れの中でも変わらないその香りと風味は、懐かしいふるさとの情景と、今も人々を包み込む豊かな自然を思い起こさせてくれる。

◎問い合わせ先
高津川漁業協同組合 TEL0856-25-2911

写真
「コロガシ」釣法で釣られたアユは、手際よくタモですくい上げられる

[コラム]


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