私と島根

経種廉彦 (いだねやすひこ)
オペラ歌手。島根県松江市生まれ。東京芸術大学卒業。同大学院修了。文化庁オペラ研修所第7期修了。イタリア声楽コンコルソ金賞受賞。'91年文化庁芸術家在外研修員としてイタリア・ミラノへ留学。帰国後、新国立劇場、二期会、日生劇場、東京室内歌劇場を中心に数多くのオペラに出演。モーツアルトからコンテンポラリーオペラ、團伊玖磨、池辺晋一郎、間宮芳生、三枝成彰など邦人作曲家のオペラまで多数出演。二期会会員。
経種廉彦 写真 舞台への想像力の源
 我が愛する街、松江

写真
塩見縄手(松江市)
「へるんきゅうきょ」、子どものころ、なんだか知らずにそう呼んでいたあのあたり。それが「へるんさんの旧居」という意味だとわかったのはだいぶ後のこと。
松江市で育った僕にとって「へるんきゅうきょ」は子どものときからなじみ深い場所だった。小学校に入ってからの夏休みは「へるんきゅうきょ」前の塩見縄手でラジオ体操。「へるんきゅうきょ」前をとおって小学校に通い、グネグネと曲がりくねった松の木を人の口に見立てていた帰り道、カラス貝を拾い、亀を捕まえ、白鳥の羽を拾い、釣りをして川に落ち、ギンヤンマを追っかけ、白いズックで犬の糞を踏んだ「へるんきゅうきょ」前の道。
今年37歳になる。これで高校までの松江での生活18年を松江を出てからの19年がとうとう追い越してしまった。なんだか寂しい気もする。しかし幸せなことに僕は松江で毎年のように演奏の機会を与えていただき帰郷する機会にめぐまれている。このところ帰郷するたびにお堀めぐりの舟に乗り、レイクラインのバスに乗る。そして自分の足で町を歩く。つくづく良い町に生まれ育ったものだと親に感謝する。
東京で生まれ東京で育ってゆく4歳の僕の娘。彼女は昆虫やトカゲが大好きである。東京のうちの庭でもいつもダンゴムシをいじっている。先日もトカゲを見つけ、僕がしっぽを踏みつけトカゲの尻尾がちぎれると、くねくねと踊っていた3センチばかりのしっぽを何のためらいもなく手ににぎりしめる。僕に似たのだろうか。そんな彼女にも松江へ帰るたびすばらしい空気を味わってほしい。だがそれを彼女と語り合える頃には僕のそばからはもう離れているかもしれない。
今年は5度もステージのために帰郷することとなる。ありがたい話だ。5月のプラバホールでのラフカディオ・ハーン原作による一人芝居オペラ『梅津忠右衛門伝』。この公演のためにも松江の方々には大変お世話になった。松江で公演がある度に松江の方々の優しさと誠実さに感謝し、松江という町のあたかさをのんびりと楽しんでいる。


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