明治初年の天守閣・二ノ丸・三ノ丸
明治初年の天守閣・二ノ丸・三ノ丸(松江郷土館蔵)

五層六階の最上階は、四方に視界が開ける望楼ぼうろう式天守です。天狗の間ともいい、内室と縁側からなり、高欄(のち手摺)と窓があります。鬼瓦は角が発達していない創作的瓦であり、大棟の一対の鯱鉾しゃちほこは、木骨青銅張りで、高さ六尺八寸(2メートル25センチ)、これは現存12城中では最大です。

入口の鉄板張りの扉から入りますと、頭上の床板をはずして、石を落としたり槍でつくことも出来ます。各階の壁には、四角い穴の銃眼じゅうがん、長方形の矢眼があり、実践的に造られています。地階(天守台の中にある穴蔵の間)には米、塩などが貯蔵され、深さ24メートルの井戸とともに長期戦に耐えることができます。

築城時のまま現存する天守閣は、全国に12城ありますが、松江城天守閣は、丸岡城・松本城・犬山城・彦根城・姫路城につぐ古い天守閣です。

松江城天守閣だけにみられる特色は、つぎの三つの部分です。その一つは135本の寄木よせぎ柱です。小さい柱材に、四方から厚板を寄せて包み、鎹かすがいと鉄輪で縛ぎ締め(包板巻鉄輪締め)たものです。これは中世の頃、出雲大社が16丈(約48メートル)の社殿のとき、3本の柱材と補助材を金輪締めにした、宮大工の手法を築城に取り入れたと考えられています。

二つめは桐の階段です。足触りや防音に優れ、火災・腐食を防ぎ、軽くて非常時には引き上げ易い。松江城唯一で天下の絶品です。

三つめは袋狭間ふくろはざまです。二層(三階)には東西南北の四角よすみと、南側を除く三面中央の床に、合わせて11カ所の袋狭間があります。側壁より床面が張り出しており、腑射ふしゃ装置になっています。銃撃・弓矢、そして石を落とすことが出来ます。実践的な装備が充実しており、これも松江城唯一の特色です。以上のことから、松江城は貴重な天守閣といえます。

松江城は本丸・二ノ丸・三ノ丸・出丸の四つの郭くるわに大別できますが、これは家康の浜松城の影響を受けています。本丸には祈祷櫓・武具櫓・弓櫓・坤こん櫓・鉄砲櫓・乾いぬい櫓の6つの櫓と、太門たもんが12、門が3つありました。櫓には武器や武具が、太門の外側は武者走で、内側は武器や食糧などの倉庫になっていました。

二ノ丸は書院や広間など(現松江神社と郷土館)が建ち、4つの櫓と塀で守られていました。このうち南櫓・中櫓・太鼓櫓の3つは、史料をもとに、平成12年度までに復元される予定です。二ノ丸下の段には米蔵があり、大手衛門と北惣門そうもんがありました。三ノ丸は藩主の御殿(現島根県庁)があり、庭園や御花畑がありました。出丸は北ノ丸ともいい、築城時には吉晴の仮殿(仮の住居)があり指揮したところです。茶の湯の好きな吉晴にとって、詫びた山里の茶室にふさわしい場所です。のち藩主の養成所(現松江護国神社)にもなったりしました。  

(国立松江工業高等専門学校 名誉教授 島田 成矩)


28号目次へ