島根の鼓動
「文化のビリオネアたち」●加茂町

国道54号が縦貫する加茂町。
ベッドタウン化が急速に進む町では、文化施設を拠点に
町民の文化活動が花開いている。
加茂町は、島根県の東部に位置する人口約7,000人の町である。中心部を国道54号が縦貫し、松江市、出雲市のベッドタウンとして大きな役割を果たしている。 地図

神話の世界を思わせる文化施設
毎月1回は松江と広島を往復する私にとって、松江温泉と広島バスセンターを結ぶ高速バスは貴重な足だ。
文庫本を読んだり車窓に広がる景色を楽しみながら過ごす4時間近くの小さな旅は、なぜかしら、ほっとした気分に包んでくれる。特に、宍道湖沿いに走る国道9号から、広島に向けて中国山地を突き抜ける国道54号に入ると、宍道湖の神秘的な魅力とは違った自然の美しさがあり、文庫本を閉じたまま風景に見入る時間が多くなってしまう。
国道に沿って広がる田畑は四季折々にその色彩を変えているし、バスが高地に進むにつれて山の色も微妙に変化していく。この自然が織り成す色彩の変化をゆったりと楽しむことができるのが、何よりの楽しみだ。
しかし、この数年、「出雲神話街道」と名付けられている国道54号もその風景を少しずつ変えてきている。国道沿いには工業団地や住宅団地の姿が目立ってきたし、新しい地域情報発信基地として急増している「道の駅」もすでに2駅オープンしている。「日本海と瀬戸内海を直結する国道のポテンシャルが生かされだしたな」と思っていると、今年の3月「あれは何だ」と思わず身を乗りだすような建物が目に飛び込んできた。
神話や童話の世界にでも登場してきそうなフォルムで、周囲に広がる田園風景の中から浮かび上がってくるように感じられる。
文化の拠点として、加茂町が建設した文化ホール「ラメール」である。

文化ホール「ラメール」
文化ホール「ラメール」


「遊学の郷・加茂」の提唱
加茂町は小さな町である。町域は、役場やJA、銀行などがある中心部から半径約5キロメートルの円のなかにすっぽりと納まっており、文字通り、こじんまりとした町だ。
かつては農業を中心とした第一次産業が主体の町であったが、車で松江市まで30分、出雲市まで25分という地理的な条件からベッドタウン化が進み、それとともに産業も第三次産業が主になってきている。
今後ベッドタウン化がさらに加速していくことが予想されるなかで、どんな加茂町をつくっていけばいいのだろうか。「ふるさと創生事業」を契機に町民たちによって結成された「ふるさと創生委員会」のテーマも、そこにあった。
2年近くにわたって議論を重ねてきたふるさと創生委員会が答申したのは、「遊学の郷」の実現であった。
それは、これからの加茂町にとって必要なのは生活アメニティの充実であり、そのためには文化的な施設やスポーツ施設を充実していかなければならないというものだった。いわば、生涯学習の幅広い推進によって町民生活を充実させようというものだ。
この場合の「遊」は、スポーツの振興やゆとりと豊かさの創造、独創性の発揮など人づくりの基本を示し、「学」は、リーダーの育成、招へい、文化・芸術の場の提供など人づくりの具体策を示している。人と人、人と文化、人とモノとの交流を深めることによって、町外に誇れる文化を創造しようというのである。


町民から生まれてきた文化活動
この「遊学の郷」のメーンプロジェクトが、ラメールである。ちなみにラメールは、フランス語で「海」を意味し、大自然を包み込む雲海をイメージして命名したという。
しかし、どんなに立派な文化ホールを建設しても、それを使いこなすほどの町民の文化活動がなければ、たちまち、ホールは巨大な遺跡と化してしまうことは、あまりにも多くの事例が証明している。
町民の文化活動の芽を育てていくことの大切さを理解していた町では、1992年から2カ月に1回のペースで文化講演会を開催し、文化事業の下地づくりに取り組んだ。
その成果は町民の中から生まれてきた。1994年1月、「ビリオネア大学」というユニークな町民サークルが誕生したのである。「ビリオネア」は英語の億万長者で、「心はいつも億万長者のように豊かでありたい」という願いが込められているのであろう。
このビリオネア大学には、下は5歳の女の子から上は89歳のおばあさんまで、100人を超える幅広い年齢層の町民が参加し、1992年のスポレク島根の作曲を手掛けた川辺ゆり子先生を講師に迎えてコーラスを中心に活動している。
写真また同じ年の4月には、若いころにフォークソングを楽しんでいた仲間たちが集まって加茂フォークソング同好会が発足した。当初はわずか6人の小さなグループであったが、高石ともややなぎら健壱のライブを実現するとともに会員が急増している。
そして今年の6月からは、ラメールで月一回の「KAMO NA MY HOUSE CLUB」というコンサートを始めている。「わたしの家へどうぞ」という思いが込められている、このコンサートには広島や鳥取などからもフォークファンが集まり、会場はいつも熱気に包まれているという。
こうした町民による文化活動の高まりの中でオープンしたラメールに、さらに彩りを添えたのは、町民による手づくりのミュージカルの上演だった。このミュージカルには、約150人近くの町民がアクターやスタッフとして参加し、毎週1回の練習を1年以上続けて実現されたものだ。ステージには、みんなと一緒に歌い踊る速水雄一町長や土江博昭教育長の姿もあった。

写真


総合芸術的大学の開校へ
春に産声をあげたラメールは、いま、生まれて初めての雪を目にしようとしている。その厳しい冬を迎えるなかで、ラメールでは非常にホットな構想が温められている。
それは、町民のコーラスグループとして誕生し、町の生涯学習の推進母体ともなっているビリオネア大学をさらに充実させ、優れた指導者のもとでアーチストを育てる総合芸術的な「大学」にしていこうというものである。すでに、吹奏楽や照明、弦楽器、コーラス、舞台美術といった学科の検討もなされており、来年にはユニークな「大学」として開校する予定だ。
春にオープンして以来、卵形の大ホールやひし形のふれあいホールでは、さまざまな文化活動が繰り広げられてきた。そして、町内外を問わず利用料金が同じこともあって、ラメールを利用するのは加茂町の住民だけではなく、広く周辺町村の人も多い。
山間の小さな町は、文化の穂を実らせながら、ネットワークを広げているようだ。
(取材・文/城市創)
17号目次へ