島根の鼓動
「地域の熱気が満ちる町」●金城町

山間に静かに広がる金城町。ゆったりとした
田園風景の奥には、福祉や地域振興などに
いちずに取り組む人たちの熱気が満ちている。
金城町は、島根県の西部、浜田市に隣接する人口約5,700人の町である。山陰と山陽を結ぶ交通の要衝に位置し、泉質日本一を誇る美又温泉やゴルフ場などの観光資源を生かした地域交流が積極的に展開されている。 地図

山間の町に広がる「熱気」
不思議な町だ、と思う。
浜田市から車で南下して町中に入っても、これといった施設が目に飛び込んでくるでもなく、人のざわめきも伝わってこない。町の「へそ」のようなものがなく、静かに時間が流れているだけなのだ。
それでいて、この地でお会いした人たちの営みは、情熱にあふれたものであり、ひたすらにいちずなものであった。
この「熱気」のようなものは、一体、どこから生まれてくるのだろうか。この山間の細長い町に足を運ぶたびに、こんな疑問がわたしの頭の片隅に浮かんでいた。
金城町。ほおをなでる風は涼しさを増し、目の前に広がる黄金色の風景からは、さらさらと金属が触れあうような音が聞こえてくる。


福祉が輝く、地域が輝く
わたしが初めて金城町を訪れたのは、町のほぼ中心部にある精神薄弱者更生施設、桑の木園を取材するためだった。
桑の木園は、障害を持つ人たちが本当に輝いた人生を送るためには何が必要なのかを常に考えながら、次々と新しい福祉活動を展開している福祉施設である。
桑の木園は、今から30年以上前に、障害者が納得できる施設を作ろうと、障害を持つ子どもの親たちが、県下全域に足を運び署名運動や募金活動を繰り広げて設立された。そして、施設ができた後には、障害者が積極的に地域の中に溶け込んでいくような運動を展開している。
それは、神楽面作りやパン作りなど、多岐にわたって展開されているが、特に、地元の人たちと一緒に行っている石見神楽の衣装作りや大蛇の胴作りは、伝統産業の振興という意味でも、注目される。
こうした桑の木園の運動は、障害者が自分の能力を最大限に発揮しながら、生きる喜びを感じることができる地域社会、社会システムをつくろうという運動である。今でこそ「共生」とか「ノーマライゼーション」といった言葉が日常的に使われるようになってきているが、それを桑の木園は先駆的に実践してきたのである。
それに至るまでには相当の苦労があったであろう。しかし、桑の木園の人たちは、そんな苦労を笑顔の中にそっと包みこんで、決して口にしようとはしない。
「福祉施設を作ることは社会を耕すことであり、障害者が輝くということは地域が輝くということです」
桑の木園の福祉活動をリードしてきた園長、室崎富恵さんの言葉である。


会員制のまちづくりグループ
障害者と地域活動とのきずなの大切さを唱え続けてきた室崎さんは、今、町のまちづくりグループ「活性活性かなぎ」の会長も務めている。
このグループは、町の活性化を目指して町民の有志が1984年に結成したものである。加入金5万円、月会費1000円で、発足当時の全員は35人だったが、今では50人以上に増えている。
グループは、教育文化、産業、都市交流の3部門に分かれており、会員はそれぞれの部門に参加して活動する。
結成から10年以上にわたる活動は、町を少しずつ変えてきているようだ。まず、教育文化部門では、子どものころから郷土を愛する人を育てようと、ふるさと教材を編集し、小中学生に無料配布した。これは、親子3代にわたって農地の開拓に尽くした岡本甚左衛門、日本人で初めてチベットを探検した能海寛、「カチューシャの唄」の作詞者で新劇の父といわれている島村抱月という、町出身の3人の偉人の一生をまとめた伝記である。
産業部門では、米の代わりに年貢として納めていたという紙すきの技術を復活させた。そして、紙すきだけでなく、原料の栽培から和紙を使った工芸品作りにまで広げ、さらに、こうした活動の拠点となるエクス和紙の館建設へとつながっていった。
また、都市交流部門では、「カチューシャの唄」を歌った松井須磨子の出身地である長野市や作曲した中山晋平の出身地である長野県中野市、共同で作詞した相馬御風の出身地である新潟県糸魚川市との「知音都市交流」が進んでいる。「知音」とは、昔から心を知り合った友人という意味が込められており、人の交流、郷土芸能の交流など、さまざまな分野で交流が繰り広げられている。
衣裳づくり(桑の木園)
衣裳づくり(桑の木園)
面づくり(桑の木園)
面づくり(桑の木園)
エクス和紙の館
エクス和紙の館
手すき和紙の実演
手すき和紙の実演



リフレッシュで都市交流
この「活性活性かなぎ」とともに町の活性化に一役買っているのが、音楽好きの5人の高校生たちによって27年前に結成された音楽グループ「サウンドファイブ夢の音会」である。
就職や進学でメンバーが町を離れたこともあったが、Uターンを機に本格的な演奏活動を始め、それとともに仲間も増えていった。そして、その活動の拠点として、約3千ヘクタールの林を切り開き、音楽ホールを兼ねたミーティングルームやログハウス、キャンプ場などを備えた「夢の音村」を整備し、町民に開放するとともに、著名なミュージシャンなどを招いて活動を続けている。
また1993年には、若者たちのネットワークをさらに広げ、若者たちのやる気の「芽」を伸ばそうと、長さ約百メートルの八つの棟が一つの屋根でつながっているビニールハウスで講演とコンサートを開き、約1000人の町民が耳を傾けた。
こうした地道な活動が認められ、この年には、この年度から林野庁が始めた緑の交流空間整備事業に指定され、施設の充実が進められている。
「ゴルフ場やオープンしたばかりの乗馬牧場などもあり、こうした施設を生かして、地域交流を積極的に展開していきたい」
「活性活性かなぎ」の設立メンバーでもある安藤美文町長は、これからの町の姿をこのように語っている。


写真 昨年の6月、町では石見神楽の全33演目を30時間ぶっ通しで演じるイベントが開催され、多くの町民が眠気を吹き飛ばして神楽に見入ったという。
そのときの会場の雰囲気を頭のなかに描きながら、わたしは、この地域が持つ「熱」のようなものを強く感じざるを得なかった。
それは、いわば「地熱」のようなものかも知れない。その「地熱」が今、まちづくりへと向かおうとしているのだ。
金城町は、そんな「地熱」に満ちた町だ。
(取材・文/城市創)

美又温泉
美又温泉
かなぎウエスタンライディングパーク
かなぎウエスタンライディングパーク
美又温泉の裏手に流れる家古屋川
美又温泉の裏手に流れる家古屋川

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