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●邑智町●西ノ島町
島根の鼓動
地図 邑智町は、島根県のほぼ中央部にある人口約5,400人の町である。静かなたたずまいの湯抱温泉の近くにある柿本人麿終焉の地とされている鴨山をはじめとして、歴史と文化が息づいている。

「誇りをつくる交流」●邑智町

写真

江の川が貫く山間の町、邑智町。
自然災害との長い闘いを経て、
町の人たちは新しい交流の世界を
切り開いていった。
川と人間の織り成す風景
 「中国太郎」の異名をもつ江の川は、大きく蛇行しながら、中国山地の山々に囲まれた邑智町を貫通している。
 町の中心部にほど近い八幡城歴史公園から夏の陽光を浴びてゆったりと流れる江の川を眺めていると、アメンボのようなものがすいすいと泳いでいる。
写真  カヌーだ。
 狭い谷を縫うように蛇行している江の川の中流域はカヌーを楽しむには最適の条件を備えており、全国津津浦浦からカヌー愛好者たちが訪れている。
 心地よく冷たい水、やさしく煩をなでる風、川を包み込むような緑の山々、そして頭上に広がる青い空。
 こうした自然の豊かさを身体いっぱいに受けとめて、カヌーイストたちはゆったりとパドル(かい)をこいでいる。
 それは、川と人間が織り成す優しい風景である。


自然災害との闘いと「心の過疎」
 しかし、この川は、その歴史においては決して優しい川ではなかった。1965年の豪雨災害をはじめとして、これまで幾度となく、町の人たちを絶望の淵にまで追いやっていたのである。
 町村合併によって1955年に誕生して以来何度も豪雨や豪雪に見舞われてきた町の歴史は、一面では、自然災害との闘いの歴史でもあった。
 その町が災害からの復興を宣言したのは、1978年である。その間、河川改修や三江線の全通、山村開発センターの建設など、町の社会資本は急速に整備されていった。
 こうして町は災害を乗り越えて新しいスタートを切るべき時機ときを迎えたのだが、しかし、町の人たちの心は沈みがちだった。
 木炭を中心とした基幹産業の林業は急速に衰退し、その一方で過疎化は進行し、人口はピーク時の半分近くにまで激減していた。さらに拍車をかけるように、高齢化の波はあっという間に町をのみ込んでいた。
 こうした状況のなかで、知らぬ間に「心の過疎」が町民をむしばんでいたのだった。

交流から生まれた誇り
 何とかしなきゃ、何とかしたい。そんな焦りにも似た気持ちが町民のなかで少しずつ高まり出したころ、一つの契機が訪れた。
 1982年に島根県で開催された「くにびき国体」である。この国体で、町はカヌー競技の会場となり、地元高校のカヌー部の活躍でカヌーの町として広く知られるようになった。そして、それとともに一つの新しい動きが始まった。
 それは都市交流である。過疎からの脱却と新しいまちづくりの方向を見つけるために、異なった視点からその手法を見い出そうというものだ。
 町の特産品を販売するために1984年からは大阪・吹田市ヘキャラバン隊が派遣され、それはやがて、広島市西区や東京・近畿地区の地元出身者との交流へと広がっていった。また、1987年ごろから始まった広島市西区己斐こい地区との交流では、これまでの子どもたちの交流やイベントヘの参加だけでなく、クア・グリーン湯抱ゆがかいや野間郷愛のまきょうあい組合をはじめとした農業集団などが農園での収穫体験などを積極的に展開し、地域資源を活用して都市の人たちに感動を与え、それを地域の活性化につなげようとしている。
 こうした交流は、国内だけにとどまらない。カヌーをメディアとした新しい文化を町から発信しようと、1991年にカヌー博物館が建設された。そのとき、カヌーを製作してもらったことをきっかけに始まったインドネシア・バリ島のマス村との交流も、盛んになってきている。
 こうした新しい交流が展開されるのも、住民の心の中に誇りと自信が生まれてきたからにほかならない。

江の川
江の川
ゴールデンユートピアおおち
ゴールデンユートピアおおち
高齢者が主役の交流施設
 町役場は、鉄筋コンクリート造りの立派な庁舎が多いなかで、珍しくも木造の学校校舎を利用したものである。初めて訪れた人には見つけにくいという難点もあるが、そこからはブームに流されない理念のようなものが感じられて、何となくうれしくなるのは、私だけであろうか。
 その庁舎の屋根の上に、赤茶色の三角帽のような塔屋が見える。
 1994年にオープンした「ゴールデンユートピアおおち」である。山の緑に映える塔屋とメルヘンチックなデザインが印象的だ。
 このゴールデンユートピアおおちは、自治省のリーディングプロジェクト事業の指定を受けて建設されたもので、建康センター、交流センター、高齢者センターの3つのゾーンからなっている。
 施設の中に足を踏み入れると、はつらつスポーツ館の温水プールでは腰痛水泳教室が開かれ、いきいき創作館の工房では木彫り面作りが行われていた。
 農作業で日焼けした顔をほころばせながら水着姿で温水プールを泳ぐおばあさんたちや、ごわごわした指を器用に動かしながら小学生たちに木彫りを教えているおじいさんたちの表情が、ゲートボール場や公民館での健康づくり教室などより、ここではひときわ生き生きとしている。
 それはまるで、「ここの主役はわしらじゃ」と言わんばかりの精気だ。

高齢化を支える先導開発事業
 町の求心力を高めるために大きなプロジェクトを設定し、それなりの規模の施設を整備していくことは、この十数年間、全国各地で行われてきた。しかし、施設を整備しただけで終ってしまったケースも、残念ながら枚挙にいとまがない。そこには、町民の生活、地域性、施設を考える"ソフト"が欠如しているのである。
 邑智町がこのゴールデンユートピア事業というプロジェクトを構想するとき、大きな柱としてあったのは高齢化だった。
「町の高齢化率は33%。もはや高齢化社会に対応するのではなく、高齢化社会を支えることを考えねばなりません。そこから生まれたのが、この事業です」
 事業のねらいを、林興平町長は端的に語った。
 たしかに、健康づくり、生きがいづくり、世代間・地域間交流といった高齢化社会の大きなテーマは、ゴールデンユートピアおおちのなかに生かされ、テーマに沿った活動も活発に展開されている。
 高齢化というと、とかく暗いイメージが先行するが、それを払しょくしようとしている点でも、大きな意味をもつ施設といえる。
 しかし、高齢化社会のニーズは、これからますます多様化するし、高齢者の活動も急速に拡大化していくだろう。
 そうした高齢化社会の展開に的確に対応するためには、これまで以上のソフトの重視が必要なことは言うに及ばない。
 ゴールデンユートピアおおちから眺める江の川はおおらかであり、その風景も自然の豊饒ほうじょうさに満ちている。この豊饒さにこたえるような心の豊かさを、邑智町の人たちは追い求めようとしているようだ。
(取材・文/城市創)

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