私と島根   想い出の宍道湖

僕の心に残る一番のふるさとの想い出は、子どものころ近所の友達みんなで泳いだ宍道湖。あのころは湖で遊んでいるときが一番楽しく、宍道湖が大好きだった。今は横浜という日本を代表する港町で生活しており、違った意味で心を踊らせているが、でも、やはり海よりも幼いころから親しんだ湖の方が見ていて心が落ち着く。
松江の実家に帰ったときなど、たまには子ども心に戻り、あの宍道湖で遊んでみようかと思う。しかし、最近の子どもたちは、昔と違ってあまり外で遊ばなくなったとか。僕はサッカー選手になっていなければ教師になろうと考えたことがあるので、もし教師になり松江に赴任していたら、体育の授業で毎日のように宍道湖でランニング、水泳をしていたのかもしれない。あんなに素晴らしい湖があるのに、もったいない。
僕の子どものころに比べると人口も増え、建物や周りの風景も、そして遊ぶ場所もだんだんと変わっていく松江。遊ぶ道具にしても、コンピューターがあたりまえの時代。変わっていくのは仕方のないことだと思う。しかし、今の子どもたちが大人になったときに、宍道湖が素晴らしい思い出として心に残り、語り継がれていく湖であってほしい。
今、僕はふるさとから離れ、サッカー一筋にがんばっている。小学校4年から始め、湖で遊ぶのと同じくらい好きだったサッカーを、Jリーグという大舞台でプレーでき、とても誇りに思っている。できれば、島根の子どもたちにもサッカーを好きになってもらい、プロ選手を目指してがんばってもらいたい。そして、島根に在住の皆さんには、僕のふるさと島根県を日本中の人々が好きになるよう、今以上に美しく、やすらぎのある街にしていただけたらと願っている。
一方、島根県に対して今の僕にできることは、ふるさとを愛すること。そして横浜の地でサッカーに励み、「横浜マリノス」を、いや日本を代表するプレーヤーになり、島根県出身ということを日本中ヘアピールしていくことだと思っている。

宍道湖
宍道湖


小村徳男おむら のりお
プロサッカー選手。昭和44年松江市生まれ。県立松江南高校時代、サッカーの県大会で優勝。その後順天堂大学に進学し、総理大臣杯優勝、関東リーグ優勝の体験をもつ。卒業後、オリンピック代表選手として活躍。身長181cm、体重75kgと体格・技術ともに恵まれ、平成5年「横浜マリノス」に加入。ポジションはDF。強烈なタックルで相手エースを完封するストッパーとしてディフェンスラインには欠かせない。特にゴール前での空中戦の強さは絶大。
小村徳男

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