私と島根   不思議な因縁

「ときめいて銀座」というデュエットソングが、私と島根を赤い糸で結んだ。
銀座と島根……全然関係ないように思えるが、実は深いかかわりがあるのだ。聞くところによると、およそ400年前、今の銀座の7丁目と8丁目の間にある通りのあたりの造成を松江藩が担当した。それ以来、その通りは「出雲通り」といわれ、昭和初期に椿が植えられた時も「出雲椿」と呼ばれ「花椿通り」とも称せられるようになった、というのである。一昨年それを記念して出雲から椿が10本、銀座から柳が10本贈られた。それを機会に銀座の商店振興会が新しい銀座の歌をというので生まれたのが、「ときめいて銀座」(コロムビア)で、なぜか私がそれを歌うことになったというわけである。
そのころ、私は日本海テレビ制作の全国放送の仕事で度々出雲地方を訪れており、不思議な因縁を感じたものだった。
縁は異なもの、その後3年連続このドキュメンタリー番組に出演し、毎年島根県を訪れ、さしづめ「大和田伸也・出雲紀行三部作」となった。
第一作目は「謎の古代出雲王国」というタイトルでヤマタノオロチ伝説の謎へ迫った。この時は宍道湖、出雲大社から大田市、益田市までほとんど県内を旅して回った。印象的だったのは、八重垣神社(松江市)の壁画のなかのクシナダヒメの顔の美しさ。仁多町の鬼の舌震、平田市の断崖にへばりつくように建つ韓竈(からかま)神社の迫力。須我神社(大東町)などに伝わる神楽の極彩色(ごくさいしき)で力強い舞。そしてなんといっても圧巻だったのは、斐川町にある荒神谷遺跡のスケールの大きさだった。まさに島根は神話伝説の宝庫で、古代の人々の足音が聞こえる思いだった。
二作目は「大黒さまの謎」で福の神大黒さまと大国主命との関係を追い、三作目「土俵はなぜ丸い」では、古事記での最初の相撲(腕くらべ)が稲佐(いなさ)の浜(大社町)で行われたこと、相撲の祖とされるノミノスクネは出雲の出であることなどを紹介した。そんな取材のなか、勇壮で物語性が見物の石見神楽(浜田市)の男たちとの語らいは楽しかった。若者が伝統を継いでいるのも頼もしいし、私自身も日本海側の敦賀出身のせいか気質が同じで、すごく気が合ったのがうれしかった。

八重垣神社壁画
八重垣神社壁画


大和田伸也おおわだ しんや
俳優。昭和22年福井県生まれ。早稲田大学在学中に演劇を始め、「劇団四季」などを経て、NHKテレビ小説「藍より青く」で人気を得る。その後「ありがとう」「水戸黄門」「独眼流政宗」などのテレビや、「犬神の悪霊」「学校」などの映画、「細雪」「春琴抄」などの舞台で活躍。また、演出(「ハムレットを撃て」)、歌(デュエット曲「ときめいて銀座」)やディナーショーなども手掛ける。今年は、ミュージカル「アニー」の主役に挑戦中。
大和田伸也

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