私と島根
阿国とジャズと伝統と
藤井 武ふじい たけし
ジャズレコード・プロデューサー。昭和16年東京都神田生まれ。日本大学理工学部卒業。昭和45年ジャズ専門のマイナー・レーベル《スリー・ブラインド・マイス》レコードを設立。世界に通用する日本のジャズの確立を目指し、これまでに130枚を超えるアルバムを制作。ジャズ・ディスク大賞5回をはじめ、録音賞等を受賞。昭和54年スイスのモントルー・ジャズ祭に参加。昭和63年からはドイツATR社と共同して、作品を世界30力国で発売中。平成元年松江水郷祭でジャズ組曲「出雲阿国」を上演した。
藤井 武

松江を訪ねるのが楽しみになってかれこれ20年。仕事がらみの場合も多いが、八雲村に住んでいた親友夫妻を訪ねて八重垣神社や出雲大社に詣でたり、出雲そばや松葉ガニの刺身に舌鼓を打ったり、長男にせがまれて宍道湖北岸の鰐淵寺(がくえんじ)や安来の清水寺など古刹(こさつ)を巡ったことも嬉しい想い出である。
松江水郷祭実行委員会から「平成元年の水上ステージで『出雲阿国』を現代ジャズ作品として上演を」と打診された時、即座にお受けしたのは、作曲に隅谷洋子さん、リーダーに金井英人さんを起用することが浮かんだからだった。
歌舞伎の創始者・出雲阿国は魅力的な女性である。男尊女卑の時代の片田舎に生まれ、ひとり京に上り、念仏踊りから河原歌舞伎へと、踊りを通して自己実現を図っていった阿国。その姿が、イキイキと自分の信じる道を歩む現代のチャーミングな女性たちと重なる。
隅谷さんは「清少納言」「額田王(ぬかたのおおきみ)」「千利久」など、歴史的伝統に素材を求めた作品で知られる。「利久」の中の「宗二の往く道」は厳島弥生さんの詩とともに私の好きな曲だ。
金井さんは私の尊敬するジャズメンの一人である。昭和52年に活動した「ティー&カンパニー」のリーダーで、この機会にこれを再編し、加藤崇之、早坂紗知、藤原幹典などの逸材たちの腕前も披露しようと思ったからでもある。
水郷祭での演奏は、私の予期した以上の出来栄えだった。私の懸念はただ一つ。現代ジャズに触れることの少ない多くの聴衆の皆さんに何らかのインパクトを与えることができたかどうかであった。
20回近くにも及ぶ松江行は、私にとって松江が京都・奈良と並ぶ私的旅行の三大訪問都市となっているため。奇しくも、この三都市が国際文化観光都市のすべてであると知ったのは後年のことである。
さて、私が私的な旅ではこの国の伝統的な文化の香りや歴史、土着の生活感や美意識に触れることを望むのはなぜだろう。多分、私が世界に共通するジャズの制作を、私の人生のあかしにしようとしていることにある。なぜなら、伝統に学び、ひとりの日本人として明確な意見を持つことが、外国語を流暢に繰ることよりも、ずっと国際的に通用することを知っているからである。
松江ファンとして残念なのは、京都・奈良に比べて国際的には高名でないことだ。文化交流は出会いであり、チャンネルを増やし数を重ねることが第一である。国際的な広がりのある数多くのプログラムをと願う。
心残りもある。名湯として名高い玉造温泉にはまだ一度も宿をとっていない。今度は必ず投宿してみよう。もしも、十分な時間がとれるなら、隠岐島か島根半島でのダイビングも旅程に入れたいと思っている。

松江水郷祭(松江市)
松江水郷祭(松江市)

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