私と島根
旅情あふれる島根
神田 紅かんだ くれない
講談師。福岡県生まれ。早稲田大学中退。昭和54年講談師神田山陽門下となり、神田紅を名乗る。昭和57年ごろから、その特異なキャラクターを生かし芝居議炎を手掛け、以後、女優・講談師・レポーター・エッセイストとして舞台、映画、テレビ、ラジオなどで活躍。主な講談演目は「黒田節」「伊達家の鬼夫婦」「赤穂義士の討ち入」などの古典のほか、新作では、「芥川龍之介の桃太郎」「紅恋・源氏物語」「マダム貞奴」などがある。著書に「紅恋・源氏物語」。
神田 紅

九州博多で育った私にとって、同じ日本海に臨む島根は、近くて遠い厳かな土地というイメージがあった。
多分それは出雲大社に代表される、古代神話ゆかりの地が多いことからの連想だったのだろうが、だからこそ神秘的な島根に行ってみたいという思いが強かった。
高校時代、初めて自分で計画を立て親友と二人で訪れたのが津和野。森鴎外旧居、マリア聖堂など、山陰の小京都と呼ばれる風情ある街のたたずまいを今でも鮮明に覚えている。
講談界に入ってからは、島根はもっと身近なところになってきた。
一昨年の舞台で、稗田阿礼(ひえだのあれ)役を演じ古事記を語ったり、玉造りの里の玉湯町の観光ビデオにナレーションを入れさせてもらったり、小泉八雲ゆかりの松江を訪れたりするうちに、そこに日本のルーツを見るようで、懐かしさを覚えるようになったのだ。
ところで私の講談のレパートリーの中に、女優シリーズとして「松井須磨子」がある。
師匠神田山陽に入門した16年前、女流講談師用にと師匠が脚色して教えてくれたものだが、以来1年のうち数回は語る得意ネタの一つとなっている。
須磨子の出身地は長野県。信濃の山間の町松代。一日のうち半日しか陽が当たらない村だったというが、実際に訪れてみると、山の斜面に広がる一族のお墓の中に、彼女は静かに眠っていた。
須磨子が後追い自殺をすることになる相手の島村抱月も、なだらかな中国山地の山懐に抱かれた島根県の金城(かなぎ)町出身。
海育ちではない山育ちの共通点がありながら、その性格が正反対なのは面白い。島村は学究肌で謹厳実直な人。島村家に養子に入り苦労して早稲田大学教授にまでなったのに、須磨子の自由奔放さに魅せられて、妻子を無視し彼女との愛、彼女との演劇活動にのめり込んでいく。
ある時は廿(はたち)の心、またある時は四十の心われ狂おしく
ともすれば頑ななりしわが心、四十二にして微塵となりしか
などの歌を見ても、抱月42歳、須磨子27歳のころの燃える思いが伝わってくるようだ。
その須磨子が抱月の死後2カ月たって殉死した時、3通の遺書を残している。そこにはいずれも「何とかお墓だけは抱月先生と一緒にして下さい」と書かれていたのだが、結局その願いは叶えられることはなかった。
だから島根を訪れるたび、須磨子の思いがここまで飛んで来ているような気がして、何だか切なくなってしまう。
島根は、そういう意味でも旅情あふれる所なのだ。

島村抱月の文学碑(金城町)
島村抱月の文学碑(金城町)

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