私と島根
島根出身声楽家のヒミツ
錦織 健にしきおり けん
オペラ歌手。昭和35年島根県出雲市生まれ。国立音楽大学卒業。昭和61年オペラ研修所第5期修了、田口興輔氏に師事。同年ミラノヘ留学し、リァ・グァリー二、アルベルト・ソレジーナの両氏に師事。平成元年第17回ジロー・オペラ賞新人賞受賞、翌年第4回グ□ーバル東敦子賞・第1回五島記念文化賞新人賞受賞。平成3年ウィーンに留学。今年、第24回モービル音楽賞洋楽部門奨励賞受賞。現在、数多くのオペラ公演に出演し好評を博している。
錦織 健

出雲平野を走る一畑電車(出雲市)
出雲平野を走る一畑電車(出雲市)

最近「島根」という言葉が私の身の回りにあふれてきました。もういや応なしに一日に何度も故郷を思い出すわけですが、言うまでもなくそれは今のオペラ界における島根県出身者の活躍によるものです。現在東京でのほとんどのオペラ公演に島根出身のキャストの名を見ることができ、私も同県人と共演する機会の多さに驚いているくらいです。野球や相撲、Jリーグに見る県勢の少なさとは対照的なのですが、これはどういうことなのでしょうか。まさか神様は歌が好きだったわけでは?しかしいくつか思い当たることはあります。まず第一に県内の小・中・高校やアマチュア団体などの合唱コンクールに対する熱の入れようでしょうか。コンクールの是非はともかく、歌うということを個人レベルの嗜好としてではなく集団での練度の高い作業として認識することは、音楽に論理的に取り組む姿勢をつくる基礎となりますから。合唱コンクールで首を振り振りかわいい歌声を聴かせてくれていた少女が、数年後にはオペラの舞台でプリマドンナとして活躍するといった話はこの世界ではよくあることなのです。同じように演奏技術をシビアに認識する機会として、有名な吹奏楽熱も挙げられるでしょう。
第二には非常に優秀な声楽指導者が存在すること。確かにアマチュアサークルの盛り上がりは大きな基盤ではありますが、そのような都道府県は全国にもかなりあります。しかし、こと指導者については全国平均から一つ抜け出しているのではないでしょうか。元島根大学教授の森山俊雄氏をはじめ多くの方が声楽家育成教育に多大な労力を払っておられることが、この地域のレベルを飛躍的に上げているのは間違いありません。しかも「歌の指導」はスポーツにも準ずる「楽器としての肉体の鍛練」と言い換えることもできるくらいで、その場の完成度だけにこだわっていてはどうにもならないのです。そんな時に腹を立てずにのんびりと弟子を見守っていけるのは島根人の気長さゆえでしょうか。そして学ぶ側もある程度「鈍感」でなくては長続きしないのも声楽の鉄則。この辺も県民性がプラスに働いているのでは?
そして第三の理由に私なりの意見を言わせていただけば、「方言の特異性」を挙げさせていただきます。特に出雲地方のズーズー弁については明らかにイタリアオペラの基本唱法「ベルカント唱法」のエッセンスが含まれていると思うのです。ちょっと専門的な話になりますが、そこでは上口唇をあくまで下げたままで息の流れを頭の中で曲げる技術が自然に行われていて、まさに出雲弁そのものです。そしてこの技術はそれを実感として知らない人に教えることが非常に困難な「奥義」なので、それを身をもって体験しているズーズー弁経験者ははるかに有利なわけです。
これらの条件をもって島根出身の声楽家はこれからもどんどん増えていくでしょう。そうなってくると「県民オペラ」への期待を誰しも持つことになりそうですね。

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