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11月6日質問事項1

1.知事の引退意向に際して

○山陰中央新報:よろしいですか。山陰中央新報の高橋です。

知事、11月の2日の朝に、報道陣に対して、4期目に出馬されずに御引退の御意向を示されましたけれども、改めてそれについての御所感をお伺いしてもよろしいでしょうか。

○溝口知事:いろんなことを勘案しまして、そういう次の知事選には出馬しないということにしたいと考えたところであります。

こういうあれをしましたが、選挙に出馬する人には一定の時間が要りますから、ある程度そういうことを考えてやらなくてはいけないということであります。過去の例を見ましても、正式にそういう表明をしておりますのは11月議会の最初、県のほうからいろんな提案理由の説明をした後、その後にやっておりまして、私もそうしようという考えであります。

○山陰中央新報:御引退の御理由というのは、率直にどのように考えていらっしゃいますか。

○溝口知事:それはあれですね、私も10何年、全部全うしますと12年ということになりますけれども、年齢も70歳を超えるわけでありまして、やはり私自身の体力の限界ということもあるでしょうし、それから若い人がたくさん頑張っておられますから、そういう若い人たちが県政を担っていくということは大事な課題ではないかというふうに考え、こういう方向でやっていこうということを申し上げたということです。

○山陰中央新報:ことしの2月にがんの手術をされまして、体調があんまりおよろしくないのではないかというような見方もありましたけれども、御病気というのは、判断理由の一つになりましたでしょうか。

○溝口知事:そこはよくわかりませんね。

○山陰中央新報:いつごろ不出馬、出馬されないというお考えを決められたのはいつごろでしょうか。

○溝口知事:それは発表したときでしょうね。それは私が考えても、それだけではいけないわけで、やはり県民の方々にわかるようなタイミングとか、あるいは過去の人たちの行ったやり方とか、いろんなことを参考にしてやったほうがいいだろうという考えでありました。

○山陰中央新報:今、11年と8カ月、間もなく12年が来る知事としての政治活動の間でしたけれども、12年間での御成果というのは、今どういうふうに御自身で見ていらっしゃいますか。

○溝口知事:成果を自分が言うのも変ですけれども、大ざっぱに言いますと、島根がいろんなところから関心を持つ人がふえてきているんじゃないかなと。島根の古い文化、歴史があったり、そういう中で出雲大社という縁結びの神様が島根ではいろんな面で日本の各地の人々に関心を引いてるとか、それから松江は国宝になっているお城があったり、それから石見銀山があったり、西部においてもいろんな伝統がありまして、やはりそうした島根が持つ、過去から続く文化、歴史、そういうものを県外の人たちに伝えていく、伝え方もいろいろあるわけですね。東京などの大都市に行って、県の重点要望など、あるいは県に企業として進出する方々もおられますから、そういう場でも島根の魅力をあわせて伝えていくというようなことが大事だというふうに考えております。

○山陰中央新報:その魅力を伝えられる中で、一番苦心されたというか、一番心を配られたことっていうのはどういったことでしょうか。

○溝口知事:それはやはり、島根に来られる人がいいところに来たなという印象を持ってもらうということですね。それは県もそういうものに対して配慮しなきゃいけませんし、それぞれの市町村でもやらなきゃいけませんし、それからやはり県民の方々がそういう見学者などについていろんな接触する機会もありますから、そういうときに島根のきりっとした、住みやすいが、いい人たちがたくさんおられるといったイメージを伝えていくということは大事なんじゃないかと私は思っております。

○山陰中央新報:なられたときは、財政的に非常に厳しい時期になられたと思うんですが、その財政部分ではどのように評価をしていらっしゃいますか。

○溝口知事:私の前任者は澄田さんですけれども、5期やられましたが、5期というと20年ですね、私が3期ですから12年。40年近い段階ですけれども、日本経済も非常に変わってきてますね。そうした、東京だけが住みやすいところだとか、あるいは東京だけが日本をリードしているというんじゃなくて、各地にいろんな文化、歴史、人々、自然、そういうものもあるんではないかというふうに、そういう見方が広がってきておりまして、島根県もそういう流れの中で島根をよく知ってもらうように努力をするということが大切だろうというふうに思います。

○山陰中央新報:財政面では、数値的には今、知事、どのように評価をしていらっしゃいますか。

○溝口知事:財政面では、前知事はいろんな事業もおやりになりました。それは一つの大きな功績ですね。他方で、県の財政は、歳入が県内で全部賄うということにいかないわけですね。国の交付税でありますとか、あるいは起債でありますとか、そういうものを活用しながらやられまして、私が知事になったころは、その傾向でいくと財政が破綻しかねないので、私はやはり財政の健全化をやりながら、その中で県として必要なものをやっていくというふうにしないといかんだろうというのが私の判断でありまして、それは一定の実績を上げてきておるということであります。

だから、しょっちゅう赤字部分をどうやって少なくするかとか、そういう検討をやりまして、見直しをやったり、いろんなことをやってきたということです。そういう中で、申し上げましたように、島根などの地方の文化、歴史、あるいは自然というものが何もほっといていいということじゃなくて、興味のある場所だということを国民の皆さんが次第次第におわかりになるようになったんではないかという印象を私は持ってます。これからもそういうことを島根県として全力をもってやらなきゃいけませんね。

○山陰中央新報:観光客が非常にふえたというところは、やっぱりそういう評価をしていらっしゃるということでよろしいですかね。

○溝口知事:はい。

○山陰中央新報:一方で、12年間でやり残したこととかっていうのは、知事はどのように今感じていらっしゃいますか。

○溝口知事:今のあれをできるだけ進めていくということでしょう。だから、やり残したというよりも、やるべき課題は、それは簡単には減らないんでね、残っておりますから、そういうものをやりながら、島根全体が豊かになったり、あるいは県外から人々が多く来る、そういう努力をやっていく必要があろうということです。

○山陰中央新報:知事が御在職中ですけれども、知事のときに人口が70万人を切って、人口減少の流れというのは、やっぱりなかなかとめにくかったなというのが私たちの印象なんですけれども、その点については、今後、どういうような取り組みをしていってほしいなというふうにお考えでしょうか。

○溝口知事:それはやはり、島根県に限らず日本全体で出生率が下がっていますね。子供さんも、昔は4人、5人といましたけども、今は1人、2人とか、そういう状況もある。そういう中で、島根県では出生率なんかは比較的高く保てられてきておるんではないかというふうに思います。やはり大都市ですと、夫婦でお働きになるとか、あるいは自宅から会社までの通勤時間が相当長いとか、そういうところを見ますと、松江とか、ほかの市でもそうですけども、自転車で行けるとか、歩いても行ける場所で、もちろんそうでない人もおられると思いますけども、行ったりできますし、それから島根などから、地方から大都市に出ますと、子供の面倒を見てくれる人たちがそばにいないわけですよね。それは幼稚園だとかいろんなところで見てはくださいますが、隣に御両親がいられるわけじゃないんで、そういうこともあるんじゃないでしょうかね。たしか子供の出生率なんかは、島根は全国でも2、3位、3位ぐらいの状況ですね。そういう意味では、いい方向で進んでいるんじゃないかと思いますね。

○山陰中央新報:やっぱり都会からそういった子育て世代の方々に帰ってきてもらうというのは、あと若い方をこちらで定着してもらうというのは一つの大きな課題だったのかなと思うんですが、その点については、今、どういうふうに評価していらっしゃいますか。

○溝口知事:そのためには、一つは企業誘致をやるということですね。企業誘致はかなり進んだと思いますね。大都市から子会社をつくるとか、そういう面がありました。

○山陰中央新報:その企業誘致が進んだ御理由というのは、知事はどういうふうに今、分析していらっしゃいますか。

○溝口知事:一概には言いにくいですが、真面目に働く人がおられるということですね。それから通勤時間が短いですから、合理的に仕事ができると。そういう意味で、やはり働く人たちが元気でなきゃいけませんね。そういう意味で、大都市を見ますと、30分、1時間というようなことで会社に行くとか、そういう状況がありまして、やっぱり人々が物の考え方ですね、家族で仲よくやるとか、あるいは夜遅くまでの残業は控えようとか、日本がやみくもに成長する時代はそういうこともよかったというか、必要であったかもしれませんが、だんだん先進国になり、豊かな国になってきているわけでして、そういう意味では地方のよさを活用するということもできると。企業立地なんかはそういう面があるんではないかと思いますね。大都市で工場を建てるとコストも高いですし、人を呼び込むのも難しいですよね。

○山陰中央新報:企業進出が進んだということの一方で、山陰自動車道を初めとする社会的インフラはやっぱり整備がまだ最後まで終わってないという部分もありますが、知事はその点については、今どういうふうにお考えでしょうか。

○溝口知事:そうですね、そういう社会インフラは、今やそういうものがおくれているところに力を注入するべきだというのが我々の考えでありまして、政府に対してそういうことを申し入れ、一定の進捗は、進んできておるんではないかというふうに思いますし、引き続きそこは国に対して申し入れていかなければいけないというふうに思います。

島根は東西に長いわけでありますが、西のほうも広島に近くなったり、あるいは九州の人たちも車で来たりしますから、そういう面で一定の配慮がなされるように、我々も国に対して言っていきたいし、飛行機も萩・石見空港ありますし、いろんな面でやっていかなきゃいけないと思っております。

○山陰中央新報:島根県の東部が人口の減りが少なく、いろいろな社会インフラがこの12年間、大分整った一方で、島根県西部のほうでは、知事御出身の益田も含めて、なかなか社会的なインフラであったりとか人口減少の波をとめられなかった現象があって、その中で、県土の均衡的な発展という部分がなかなか難しかったかなというふうに思うんですが、知事はその点はどうお考えですか。

○溝口知事:そうですね、それは周辺に大きい人口があるわけじゃないですから、そういう中でやるためには、飛行機便も2便とか、非常に回数が少ないでしょう。そうすると利用もしにくいですわね。そういうハンディはやむを得ないことでありまして、便数をふやして、乗客がふえるかというと、そこはなかなか難しいところがありますから、そこは両方あんばいしながらやっていくほかないですね。

○山陰中央新報:これまでの取り組みの中で、島根県西部に対して、知事として大きな取り組みをしたっていうのは、何か御記憶に残るとこでありますでしょうか。

○溝口知事:やはり道路の整備などでは一定の進捗は図られていると思いますね。

○山陰中央新報:その道路の整備などを地域振興であったりとか人口減少の歯どめにするとかっていうのは、そこがまだちょっと進んでいなかったのかなと思うんですが、知事はこれからそういう点についてどのようにしてもらいたいっていうふうにお考えでしょうか。

○溝口知事:それは、国に対して早くやってもらいたいということですが、島根と似たような状況はほかの県にもありますから、それは財源の制約というのがありますから、そうドラスティックにはできないですね。しかし、徐々にそういうものがふえていくと。

○山陰中央新報:今回、御引退されるということで、次、新しい方、どなたになるかまだわかりませんけれども、新しい方が知事になられるということになるんですが、どのような人物がいいなというふうにお考えでしょうか。

○溝口知事:それは私が言うことじゃないですね。

○山陰中央新報:先ほど、若い方っていうふうにおっしゃいましたけれども、どういうことに取り組んでもらいたいっていうのはおありでしょうか、次、バトンタッチされる方に。

○溝口知事:それは、島根の県民の方々が豊かになる、そのためには産業の振興が起こる、そのためにはやっぱり子供さんもふえるといったようなことが必要ですね。

○山陰中央新報:わかりました。

 

 

 

○中国新聞:知事、済みません、中国新聞の秋吉ですけども、ちょっと最初の話に戻りますけども、これまでの知事の任期11年余りを振り返ってみて、幾つかちょっと印象に残ってることとかをピックアップすると、どんなことになりますかね。

○溝口知事:印象に残ってること。

○中国新聞:はい。

○溝口知事:やはり例えば出雲大社とか、何となくは知ってたけども、神話の世界ですけれども、そういう神話の世界にあるものが島根にはそのまま、ある意味で連綿と続いているわけですわね。ああ、島根っていうところはそういうところだったのかと。僕なんかは西のほうで生まれましたからね、出雲大社とか、そうしたものは知事になってから実際に感ずるようになりまして、島根県が、西のほうでは神楽なんかもありますし、古い文化、歴史がたくさんあるところだなという印象を持っております。

○中国新聞:知事の任期中に、神話博しまねであったりとか大遷宮に向けてのいろんな観光PRをされたと思うんですけど、その辺に向かって知事もいろいろ、古代出雲神話のこととかを勉強されたりとかされて、施策にかなり生かすことができたという感じなんでしょうか。

○溝口知事:そうですね、島根にそういうところがあるということで、私の最初のころからそうした島根のよさをいろんな人に知ってもらうと、そのためには自分自身がそういうところに行って様子を見たりしなきゃいかんわけですけども、そういうことによって、ああ、島根というのはこういうところなのかというような経験ができたと思いますね。

○中国新聞:知事、やはり現役というか、財務の官僚のときだった時代がかなり長かったと思いますんで、多分高校を出られてから本格的に島根に住むっていうのは知事の任期中がもう久方ぶりだったと思うんですけども、この間のブランクとかを踏まえて、島根っていうのは任期中、どういう印象だというふうに思ってらっしゃいましたか。

○溝口知事:18歳でもう大学に出るために島根を離れますからね、だから18歳ですから約20歳として50数年ぶりですよね、今がね。だから40年から50年ぐらいたってるわけですが、我々が小さいころは、東京に上がるのも鉄道で行ってたんですね。その鉄道も、浜田あたりからとことこ乗って、それでたしか行くようなことがあり、それから私なんかは時々広島まで行って、広島からバスで帰るとかありましたが、そうした四、五十年の間に日本全体も大きく変わりましたね。東京というのが一極集中であったわけですけども、47都道府県の中でもいろんな産業が拡大をし、人々の視野も広くなったり、それから大学教育も私立、公立、国立、いろいろたくさんになっておりますわね。そういう意味で、日本の発展に応じて、それはやはり日本経済が発展したということはそのバックにあるわけですけれども、そういうことで豊かになってきておるという感じがしますわね。それで、今は、そういう日本に対して近隣のアジア諸国のように、やはり急速な勢いで拡大をしておりますから、こういう国々ともどういうふうにしてつき合っていくのか、そういう状況に日本もなっておるということで、大きな変化が起こっておると思いますね。

○中国新聞:知事、まだ任期が半年弱残ってる中で、あんまりこういうことを聞くのも失礼かもしれませんけど、4月以降、来年、任期終えられて以降のことをどうしようかというのは、今お考えありますか。

○溝口知事:格別どうするっていうこともありませんが、これからですな。

○中国新聞:任期中に、例えば参議院選挙で島根・鳥取県合区になったりとか、三江線が廃線になったりとか、地方の厳しい現状というのも見られてこられたと思うんですけど、知事の立場ではなくなっても、そういう地方の現状っていうのを何らかの形で全国なり中国地方なり、訴えていきたいというような思いはあるんでしょうか。

○溝口知事:それは、今はありませんね。リタイアしてからどういう状況になるかですね。

○中国新聞:知事としては、知事の職務に全力でいくと。その後はちょっとまだ。

○溝口知事:それは第三者の立場ですから。経験はいろいろあると。

○中国新聞:その経験をどう生かすかは、ちょっとまだ考えていると。

○溝口知事:いや、それは特別に考えているわけじゃありませんけども。

○朝日新聞:朝日新聞の奥平と申します。

任期中に東日本大震災がありました。あれで原発に対する世論は大きく変わったと思うんですけど、知事は東日本大震災の前と後とで、原発に対する物の考え方が変わったりしたようなことはございませんでしたでしょうか。

○溝口知事:その問題は大きな影響を与えたと思いますね。私も視察に行ったりしまして、それから原発の所在の地域が違いますわね。あの辺は東海村から始まったわけでしょう。その周辺は大きな都市ですからね。島根の場合は松江市という大きな県都の近くですからね、状況は大分違うんじゃないかというふうに思います。

あんまり答えにならんかもしれませんが。

○中国新聞:中国新聞の秋吉ですけど、東海も確かに東日本大震災で被災したことは被災したんですけど、福島の多分現状のことで、知事も多分視察に行きましたよね。

○溝口知事:行きました。

○中国新聞:要はああいうのを見られて、それまでは多分、原発というのはある意味、事故らないことが前提というか、ただ、その後はいろんな対策というのも、事故が起きたときの対処というのを考えているわけで、日本の全体で考え方が大きく変わったと思うんですけど、知事はその変わった部分をどう体感しましたかということなんですけど。

○溝口知事:だから、そういうリスクがあり得るわけですからね、そういうものに対処できる体制というのを国として考えていかなきゃいかんということはありますよ。

○中国新聞:自治体としてもいろいろ備えが求められるようになったと思うんですけど、福島事故後は。

○溝口知事:過去において原発のそういう一つの弱いところですね、そういうものが必ずしも最初からわかったわけじゃありませんから、我々としては、そういう状況でありますから、国に対して適切な対応をするように、いろんな面で求めてきてると。それが大きな課題ですね。

それから、それは松江市だけに影響するわけじゃなくて、その周辺にも影響しますから、そういう方々とも連携をしながら、国に対して求めていくと、そういうことはずっとやってきておるわけですね。

○中国新聞:福島の事故後、やはり県民の方から原発に対する不安であるとか、そういったものを聞く機会が多くなったなという感じは持ってらっしゃいますか。

○溝口知事:それはあると思いますね。あると同時に、日常ではなかなかそういう問題がアキュートなもんだというのはないかもしれませんね。

○山陰中央新報:知事、済みません、山陰中央新報、片山です。

これまでの知事としてやってこられた中で、一つだけ印象深い出来事を上げると、どういったことになるでしょうか。

○溝口知事:いや、いっぱいあるから一言は難しい。

○山陰中央新報:そうですね、わかりました。

○溝口知事:最初に何かそういう課題としたのは石見銀山でしたね、たしかね。たしかいろいろやりとりがあったような気がしますけどね。

○共同通信:共同通信の出川と申します。

きょうの会見もそうなんですけども、この前、知事公舎の前で引退を表明された写真を見ても、朗らかというんでしょうかね、肩の荷がおりたのかなという気もするんですけれども、ほっとしたなとか、そういったような思いは今になってありますか。

○溝口知事:あんまりないですね。まだ職務がいろいろありますよ。

○山陰中央新報:知事、済みません、山陰中央新報、片山です。

任期を終えられた後、今後考えられるということだったですけど、その中で、島根で過ごしていかれるのか、それともほかのところでというのはいかがでしょうか。

○溝口知事:それはプライベートだから。


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